能登半島の資料を翻刻!

コレクション: SHOSHO「能登」

能登名跡誌 - 翻刻

能登名跡誌 - ページ 57

ページ: 57

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岡■町に明泉寺村の白雉山明泉寺とて真言宗有 勅定山ともいふ孝徳天皇勅願所にして白雉年中 開基の寺にて本尊千手観音は春日の作とあり 霊験あらたなり其外行基菩薩弘法大師の作仏多し 昔は諸橋の郷寺領有中比頼朝卿三ヶ村を寄附有 しと此寺観音堂再構状に有其比大伽藍にして 今に拾丁の間礎等其侭あり今も畠山重忠の 寄進の石燈籠梶原景時の寄附の大石の手水 鉢あり頼朝卿其外将軍家廟所あり境内広し 大石塔多あり寺中に明星の池明星の石とて有 謂あり東鑑に建長三年五月若宮誕生祈の覚に 若宮別当隆弁に工藤三郎左衛門通泰をもつて能 登の国諸橋の保を下さるゝとありいかにや誠に一千 年余の古跡なれ数度の兵乱に縁記論旨院宜 も不残焼失せり又言伝へるは善無畏三蔵天丘伝 来の本尊千手観音にて末法結縁の為此所に 建置れしに其後天子の姫宮に癋(ヲシ)ありしを■の 乳母一集に空■に乗まいらせ捨られ給ふに此礒に