翻刻
寄給ふに白き雉子一羽来りて尋参らせ此岡に
至り給ふに千手観音の堂あり是に籠給ふに瘂
おこひ給ふにより天子聞召勅定を以一宇御建立
あり勅定山明泉寺と号す姫宮も乳母も尼君と
なりあたり近きに住給ひし所を姫崎といふ又古
君の名あり霊■出し所を■の浜といふ又其比
明星天より下り石となる夫ゟ霊水出しゟ明泉
寺と号といへり其旧跡残り有といへ共いつのとき
にや縁記もなくなり言伝へのみ幽なることくなり
はつる事かなしくもある霊場のあさまになり元亨
釈書の比洩しも遺恨のことなり当国順礼第一番の
札所にて今も観音は霊験あらたにて諸人歩みを
はこふ也又上田寺とて近し今は禅宗也是も其
比此尼姫の千手観音御影を刻み給ふ本尊とい
へり是は当国第二番の札所也
明泉寺住寺の隠居なるか安永三年三月
十五日入定有しとて我等其年五月 しに
その縁の有様殊勝にて