翻刻
の社□□あり礎石垣其侭有其時の外堀のあととて
内門とて有又此村の内新保といふに七郎右衛門とて古
き百姓有持宮とて五町斗山に日の宮と云あり惣
して雲津より布浦迄を長浜の浦とて不残
塩浜にて風景言語に絶したる名所也記事にも
出る所也其上塩おふく出来ありて大浜とも云り
寺家より壱里六丁本馬四拾九文軽尻三十
本村 文人足拾五文家数五十軒斗散村になり山
中にあり
雲津より山中へ入て正院よりの本道也本村とは中
比よりの名とて近郷の本村ゆへ名に呼へり元は
鞍見村といひし也則日本往生伝といふ仏書に能登
の国鈴の御崎鞍見の里出生唯信といふ僧山城の国
醍醐の食花堂にて不思儀の往生有父は親鸞
宗母は木ノ下氏とあり則此村の浄土真宗の光楽寺と
いふの子なり能々画(エカケ)るによつて大和の当麻の慢
陀羅を写して今諸人拝む所の当麻の慢陀羅
は此唯信の画る写しといへり其時一集に写せし慢