翻刻
城の高といふ有是は平右衛門督といひし人城跡なり
天正年中落城のよし
曽良■宮古の入江の■間をわけ
戸渡る船のいとも面白く
詠めよと漕にはあらて稲小船
又宇出津抔より口渡りとて所口への往来あり
此甲村より向の嶋の路へ姥ヶ浦といふへ渡る是を
大口とて海上一壱里あり舟賃は壱人に五分宛なり
夫ゟ嶋の路鰀目村長崎村野崎村を経て日出ヶ崎
村へ向の陸なる三室村へ渡る也是を小口とて廿丁海
上あり舟賃壱人三分宛也三室村ゟ大田村抔経て
所口へ出る也甲村より所口迄六里半あり又甲村を
廻(マハ)れは曽良鹿波岩 車(クルマ)とて礒伝へ三ヶ村あり皆公領
也曽良村近し坂東とて古き百姓有利家公ゟ械役
二枚御免許の御墨附戴きあり此者先祖は下野国高
木の城主紬木家直といひし人甲の阿曽良といふ所に
来り有しに又此所へ移りて曽良と各村子孫さかへ
て今一村となれりといへり千寿院とて真言宗あり