能登半島の資料を翻刻!

コレクション: SHOSHO「能登」

能登名跡誌 - 翻刻

能登名跡誌 - ページ 8

ページ: 8

翻刻

陀羅此光楽寺に有て什宝として毎年両度弘メ有 又此村を鞍見村といふて本は三崎権現毎年三月九 日初丑の日より御神輿出座有浜伝ひ木郎の不動寺 の山王宮へ御幸あり戻りは山手通り御帰座ある也 其御輿御泊りある所に仮屋あり道々至居の祭と て今も村々にも持ち餅抔つきまつれり此の村は終りな れは鞍見の玉居て跡至居といふ諺あり     本村ゟ三拾四丁本馬四十九文軽尻廿七文人足十  正院 三文家数百廿軒斗町作たる能き村也 此村は昔の要害の城下にて商家等なり其上松前へ こへ出店してよき身上の者数多あり氏宮八幡宮は 昔は  抔あり賑敷今も舞台抔有什宝に作の 面数多あり《見せ消ち:昔は|》今の桜井氏の神主の外に社人多 神子塚抔とてあり本住寺とて法華宗の大寺有此寺 は要害の城の家臣出雲石見守屋敷跡にて則開基 旦那也千光寺とて禅宗あり浄土真宗大寺弐ヶ寺 あり町端に館の薬師とてあり小路村つ□□也羽 黒の宮とて羽州羽黒山を移したるあり又熊野