翻刻
【右丁】
△本所永倉丁 篠崎(しのさき)某(なにがし)なる人 《振り仮名:遊漁|ゆう▢う》を好(このみ)十月二日の夜ずゝこといへるものにて鰻(うなぎ)をとらんと
河筋所々をあさるに切(しきり)に鯰(なまつ)騒(さばぎ)鰻(うなぎ)一ツも得ず唯鯰三尾を得て倩(つら〳〵)お思ふやう鯰の騒ぐ
時は地震有といふに心付て漁(すなとり)を止(やめ)帰宅(きたく)して必庭上に筵(むしろ)を敷家財道具を出して
異変(いへん)の備(そなへ)をなせり其妻は不審(いふかしみ)蜜(ひそか)に笑之尓(これをわらふしる)に其夜右地震の住居は悉(こと〳〵く)潰(つぶ)れ
けれ共諸 器物(きぶつ)は更に損ぜず偖(さて)亦同夜近辺の人是も漁(すなどり)に行鯰の騒たるを見ながら
帰宅をせず又 獲物(えもの)も少き上家居より家財道具を残なく揺崩(ゆりくづ)し深く悔(くやみ)しが
右篠崎(しのさき)氏は其心さとく一ツの難を脱(のがれ)たる事是 全(まつたく)世説(せゝつ)俗談(ぞくだん)といふ共 能(よく)心付たるは
一条の徳(とく)にして油断(ゆたん)せしは我 過(あやまり)也と予(われ)に話(はなし)せし人の有り是等は自然(しせん)の道理(どうり)にて
地に変動(へんどう)あらん時は且(まつ)鯰の騒(さわぐ)事あらん此 因(ちなみ)により自信を鯰也と云もし画にも書
事ならん何(いつ)れ前条の現証(けんせう)を見て後世の鑑(かゞみ)ともならんと爰(こゝ)にしるす
【左丁】
△本所中の郷弁天小路に八百屋新助といふものあり右地震にて半丁余 潰(つぶれ)新助方も潰て
が三人の子を漸(やう〳〵)赦(たすけ)出しけれ共妻やす女は梁下(はりのした)に閉込(とぢこめ)られ自由(しゆう)ならず狂気(けうき)のごとくなりて