翻刻
【OCRのまま】
一宮申て云日本国の罪人長平か恩藤原の家依病
によて一の僧を以てかなせしむ件僧堅固の信心
を起して己か命にかはらんと祈請す効験あり
一志の甚深なるによつて香烟来薫スルなりこれは
によつて忽に苦患をまぬかれて忽にぬかれて忽に
一率して天上に生せり此由をつけんかために来れる
なりといへり
宇治殿平等院を建立し給ふ時地形の事なと
忝命せられん為に公御門右府を相伴はせ給ふ
宇治殿被仰て云大門の便宜北面にあらすんはた
よりなかるへし北面に大門ある寺侍りや右府申されて
うつか
云覚悟せしめす時に道房卿いまた無変にて江冠者
とてありけるを後車にのせて具せられたらをつし
出されてかれに濃か様の事うるせく覚て候へは
きとて向るゝ処ニ退房申云北面に大門ある寺は天竺ニハ
奈良陀寺唐は西明寺本朝には六波羅密
寺なりと申候宇治殿大に感せしめ給
後朱雀院御宇長久年中最勝講源泉僧都
説法殊勝なり此時四天皇道場に現し給ふ天皇
の御余人はこれを見にこれよつて源泉当座に
法印に叙せらる其後より四天の座を設ら留げ
といへり