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六条衛門の北西洞院の西に堂ありみのわ堂と
号に件堂は伊与入道頼義奥州の俘囚打たい
らけて後建立せり仏はあ身のあ弥陀也頼
義此佛を造立し恭敬礼拝して極楽へ必
引通すし給へと申けれはうなつかせ給ひけり十二
年の間戦場にしてうたれたるものゝ片耳を
きり集てほして皮子二合に入て持てのほり
たりけるを件堂の土壇の下に埋めるによて耳
納堂と云りみのわ堂と云は僻事なり
粟田左大臣在衡文章生の時鞍馬寺に参詣せ
り正面の東の間にして礼拝をするに十三四歳
はりの賤き童きたりつゐて同くれをなす
七反はかりと思ひけれ共此小童の礼拝より前に
しはてたゝむは人わろかりなむと思ひと思ひと思ひと思ひと思ひと思ひは人わろかりて
心ならす礼をなす間すてよ三百三十三度に
満たる時此童忽ニ失ス在衡奇異の思へりをな
し湯仰の信をいたす然共窮屈のあまり
聊睡眠するの前童子装束は天童のこと
くにして御帳の中より出来て在街に云こと
ハ官ハ右大臣にいたり歳は八十二なるへし其後
昇進雅意に任せたり左大臣八十三の時彼家
寺に詣て申云往日右大臣八十二のよしめし