翻刻
髪ハ残りなく焼落頭面より半身《ルビ:黒熏|くろくすぼり》にして焼《ルビ:爛|たゝれ》たる《ルビ:容|さま》ハ
実に幽霊成べし新助委細を問に妻やすか云やう火ハ段〻
燃来りて梁の半迄焼しゆへ押付たる所甚軽し漸火中を
《ルビ:脱|のかれ》たりと語りぬ是等ハ未命運の尽さるものにして最めて
たし凡今度の騒乱に如此《ルビ:脱|のか》れたる又ハ井の中に落入火災
を逃たるもの此外種〻珍説あまた有といへとも物繁きを以
些に其一二を挙るのミ
一深川富士見橋に二の組鳶人足善五郎と云ものあり右地震にて
其家潰しか妻子おバ救出しけるに幸ひに怪我もなし然るに
隣りに物音高く聞へしかハ鳶口を携急駈行見るに正に小
笠原左京侯下屋敷の玄関を残し館中残なく崩潰其中に
泣さけふ聲切に聞へしかバ力に任セ大木板瓦等を刎除け
侍女九人を救出し猶又散乱の中より女十二人を出しけるが老女
の云やう早く妙月院殿《割書:城主の|御母公也》救けくれよと云に善五郎心得
て急き潰家の中へ潜入漸尼公を尋索め救出し侍女に
《ルビ:傳|かしつか》【傅の誤記ヵ】セ玄関に安座し進らせ夫より茶の間其外三ケ所の火を
消し又十一人を救出す但此内五人即死なり此時御上屋敷より
速馬到来し御恙なきを賀し奉るに右善五郎に救れたる