翻刻
東西に出たり是必揺返しならんと彼雲を見たる輩にハ家財
を廣原にはこび身を竹林にひそめ居る果して其夜も又大
地震有しと語たるを覚へ居て忘ざりしを彼二日に其雲の顕
れたるを見て思はす申たる也とかたりぬ夫子ハ童揺を伝し班
固ハ巷談(こうたん)を因とす俗説も棄へきにあらす況や実地の現談
をや野夫にも功の者とハ是等の事成へし
一甲州の絹賈人茂助といへる人去十月二日中仙道熊谷宿を立て江
戸へ入らんと道を急きけるに其日は何とやらん路次も果とらす浦
和宿にて日ハ暮けれ共家業の都合あしけれハ道中をいそき蕨
宿板橋をも打すきて鶏声か凹まて来りし頃ハ亥刻にして猶
も道をいそく所に北東の方より南方へかけて黑気の中に青
光あるもの烈風のことくひゝき見たり飛さるよと見るうちに
忽動揺の音すさまじく恐怖して地上に倒たる節大地震に
て近辺の家倉の崩落るに実に五臓も引裂かと思ふはかり
にして夢のことく更に前後をしらさると也此黑気ハ地震の前兆
なられかし右と同容の空中を通たるもの浅草にて見たる人
有是同物かしらす
一江戸御城の見附数三十六ヶ所あり此度の地震にて何れも破