翻刻
火さき遠きに及ばざれハ火消人足なとも甚すくなかりし
が暁ちかくなるころこと〴〵く消しおふせたり是しかしなか
ら災の中の幸ひにして此夜風なきは《ルビ:産土|うふすな》の神〻の
守り給へるなるへしと諸人いひあへり扨夜明けて後遠
近のありさまを聞に其噂とり〳〵にて虚実とりまじへ
て證としかたき事のみおほかれハ予四方の《ルビ:知己|ちき》を《ルビ:訪|とぶ》らふ
ついでその処〻のさまを見るに随ひ是を図し聞に
したがひ是を記し後生の児輩に此災厄を知らて枕
を高く安らかに眠れる 御代のかたじけなさをしら
しめんとて一ツの冊子につゞりおきぬ同じ大江戸のうち
にも其災厄に軽重あることなとよみもて知り給へと
いふ
一京橋の北方南傳馬町三丁目の十字街の角〻四軒の商家皆
土蔵作り也此故に字して京橋の四方蔵と云へり此辺《ルビ:祝融|ひのうミ》
火災ありても此土蔵火を防くの助と成にとり隣の人の為に
もよき宝なりといひあへるを祝融常に嫉ましとや思へる此度
地震の神と心合せ棟を傾け瓦を落し壁を崩し炎〻と
火を《ルビ:延|ひ》き見る間に灰燼となせり嗚呼惜むへし街の美