翻刻
風其内へ吹(ふき)入れバ大半(たいはん)ハ危(あやう)きなり又 建付(たてつけ)た戸(と)を吹 放(はな)されぬ用心
是又 全要(せんえう)成り若(も)し一枚(いちまい)を吹放されバ夫より建(たて)具を吹放され
終にハ裏壁(うらかべ)を吹抜に至る是 戦場(せんじやう)に一陣崩(いちゞんくづ)れ敗北(はいぼく)を取(とる)に等(ひと)し
依て押(おさ)ゆる能(あた)ハずハ箪笥(たんし)或ハ箱(はこ)などを楯(たて)となして其 影(かげ)に身を
ひそめて凌(しの)ぐべし必らず外(そと)へ逃(にげ)べからず吹飛物(ふきとぶもの)にて怪我(けが)をなす
又大木の筋(すぢ)を除(よけ)よ倒れまじとも言ひかたし火にも心を用(もち)ひよろし
大火となりてハ中々に雨水火勢(うすいくわせい)を引ものなり用心〳〵
地水火風喰(ちすいくわふうく)ふは命(いのち)をつなぐため
たゞあけくれに五用心あれと
かゝる拙(つた)なき文なれどもまた心得ともならんかし
惣括(そうくわつ)
行(ゆく)水の流(ながれ)ハ絶(たえ)ずして然(しか)も元(もと)の水にあらずとハ加茂の長明がいひけん蒼田(さうでん)
璧【碧の誤りか】海(へきかい)の変化(へんくわ)たるや栄枯得失有為転変(ゑいことくしつうゐてんへん)ハ造化(ぞうくわ)がなせる巧(たくミ)にてそが中に吉(きち)
瑞(ずい)と災変(さいへん)と交々(こも〴〵)なるハ天地の寒暖季候(かんだんきこう)に等しく理(り)を以て窮(ミ)る時ハ日月の
蝕(しよく)あるに同じ歴世戦乱(れきせいせんらん)の代(よ)には五畿 静(しづ)まれども七道 騒(さハ)がしく西国 治(をさ)ま
れども東国 乱(ミだ)れ南海に鯨吼(くじらほへ)北山に獣鳴(けものなき)て民戸(みんこ)白昼(はくちう)に鎖(とざし)し老少街巷(らうしやうちまた)に
奔走(ほんそう)せしも慶長(けいちやう)の神風兇徒(しんふうきやうと)をなびけ仁義(じんぎ)の徳沢(とくたく)四海に溢(あふ)れ二百年來 鼓腹(こふく)
して万歳を諷(うた)ふの聖代出麟舞鳳(せいたいしゆつりんぶほう)の時だにも当今(とうぎん)の御代(ミよ)に比(ひ)せバ及べる事 遠(とを)
しとせん歟然るに近来打 続(つゞ)き諸国に大震の憂(うれ)ひあり就中(なかんづく)去卯年初冬二日の
夜大江戸及び近郷近在一時に震ひ動(うご)めくこといと烈(はげ)しく棟(むね)を列(つら)ね甍(いらか)を並(なら)べし屋(おく)
室倉庫(しつそうこ)崩れ傾(かたふ)き火災に焼洪水(やけこうすい)にひたされ恙(つゝが)なき場所(ばしよ)とてハかぞふる程も
なかりつるが当辰年の秋に至り過(くわ)半ハ普請成就(ふしんじやうじよ)して始て枕(まくら)を泰山(たいさん)の