翻刻
【右丁】
と 仰けれは 先祖侯則馬に 打乗り
一鞭ありて周旋ありしかは南は千駄ヶ谷北は大久保
西は代々木東は四ツ谷を限りて暫時の間に数
万歩の地を乗取帰られしに依て
御諚の如く贈ひけるとなり乗馬はかゝる逸
物なれとも其まゝ斃れ果しとなり抑斯く
広大なる地を 御拝領の御事は
先祖侯の多年御勲労によりての故なるへけれ
と其時召れし駿馬の力も亦少なからすと云へし
然るに
先祖侯御年忌の御法会歳時の御祭礼は
【左丁】
怠らせ給ふ御事もなく連綿として御修行
ませども彼の駿馬を埋し地は何処の所そと
其跡を年経て後は知る人さへも絶て是なり
悲しむへきの甚しき事なり今我等
御屋敷の山林を掌る身にしあれは願はくは
彼駿馬のしるしをも建て其功徳を称し祭礼
もあらまほしをものなりと木下正敷と共に
其事を謀りしといふことを語りぬ《割書:予》答て曰
善哉問るゝ事四ツ谷なる御屋敷を御拝領の
年月はいつの頃にや弁へす御家譜等にも
是を闕れけれは慥かなる事は知り侍らす然