伊那市×みんなで翻刻

コレクション: 内藤家資料 (2) (3) (4)

四ッ谷御屋敷駿馬塚之記 - 翻刻

四ッ谷御屋敷駿馬塚之記 - ページ 3

ページ: 3

翻刻

【右丁】 と  仰けれは  先祖侯則馬に 打乗り 一鞭ありて周旋ありしかは南は千駄ヶ谷北は大久保 西は代々木東は四ツ谷を限りて暫時の間に数 万歩の地を乗取帰られしに依て 御諚の如く贈ひけるとなり乗馬はかゝる逸 物なれとも其まゝ斃れ果しとなり抑斯く 広大なる地を 御拝領の御事は 先祖侯の多年御勲労によりての故なるへけれ と其時召れし駿馬の力も亦少なからすと云へし 然るに 先祖侯御年忌の御法会歳時の御祭礼は 【左丁】 怠らせ給ふ御事もなく連綿として御修行 ませども彼の駿馬を埋し地は何処の所そと 其跡を年経て後は知る人さへも絶て是なり 悲しむへきの甚しき事なり今我等 御屋敷の山林を掌る身にしあれは願はくは 彼駿馬のしるしをも建て其功徳を称し祭礼 もあらまほしをものなりと木下正敷と共に 其事を謀りしといふことを語りぬ《割書:予》答て曰 善哉問るゝ事四ツ谷なる御屋敷を御拝領の 年月はいつの頃にや弁へす御家譜等にも 是を闕れけれは慥かなる事は知り侍らす然