伊那市×みんなで翻刻

コレクション: 内藤家資料 (2) (3) (4)

四ッ谷御屋敷駿馬塚之記 - 翻刻

四ッ谷御屋敷駿馬塚之記 - ページ 4

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【右丁】 れとも天正年中我 孤光公青山常陸介忠成君と同じく 台徳廟の御伝と成り給ひ慶長五年関ヶ原 の役終して明の年又同しく百人組の頭と なり給ひて配下の騎士歩卒等を各其屋敷 のうちに住はせ置て内藤宿青山宿と称し 給れは関東 御入国の後いく程なく贈はれしに違あるへからす 又俊足の遍き処をもて 御屋敷になされしと 云事も中根東平翁か玉川園の記を披るに 其事を載せ置れぬれは古来相伝の説疑ひ 【左丁】 なかるへし善哉こたひ両士の此事を挙する 蓋し聖人の意にも叶ふへきなり礼記郊特 牲篇曰古の君子使之必報之迎猫為其食田鼠 也迎虎為其食田豕也迎而祭之也と云へりこれ 古へ大蜡の祭りとて毎年十二月天子の行はせ 給ふ祭礼なり此時猫と虎とを祭り給ふは 何故なれば猫は田鼠を取り虎は田豕をとりて田地 の害を除く故に其功に報ひて祭らるゝと也 又王制篇曰獺祭魚豺祭獣といへり是も魚と獣 とは獺豺の食物なきその食物をもつて身 命をつなく功を知りて獺豺の畜類だにも