伊那市×みんなで翻刻

コレクション: 内藤家資料 (2) (3) (4)

四ッ谷御屋敷駿馬塚之記 - 翻刻

四ッ谷御屋敷駿馬塚之記 - ページ 5

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【右丁】 其恩に報ゆる心ある分やさしき事なり然る を 況や人倫においてをや御屋敷御拝地 以来二百余年の間山林より出る所の竹木の 材用田園より生する所の菽麦野菜の余誠御 屋敷の地に居て煙りを立庶民廿四余家妻努 数口養ひ 侯家諸士の利潤をかふむるもの勝て計ふ へからす爰に於て駿馬の功労莫大也と云 つへし杉の馬場なる南のかた林の中に樫の古来 ありしか彼駿馬を埋し跡なりと老人の語り しか星霜の久しき其木も老朽て安永の末かた 【左丁】 仆れ伏ぬ今両士の望みを充て此地のあたりに 一ツの塚を築き歳時是を祭らは報恩謝徳 の仁心を顕し 侯家御蕃昌の御祈念ともならんかし   文化十三年丙子秋八月  山下利章識   利章謹て報するに駿馬の功労年久し   く絶て沙汰する人もなかりしにこたひ中家氏   の発起ありし事も不思議の一ッと云べし   孤光公の御後を嗣せ給ふ   宝林公今年七月二日二百回の 御忌に当らせ   給ふとて座間の宗仲寺に於て御回向の