キリシタン関連史料を翻刻

コレクション: コレクション1

切支丹御退治記 49巻. [7] - 翻刻

切支丹御退治記 49巻. [7] - ページ 4

ページ: 4

翻刻

 兵夜討に出る寄手之内細川手先者鉄炮烈敷  仕寄を付此手へ打出は城兵多可損や有馬立  花両手之将は地形之駈場不宜此等之陣を除  唯鍋島寺沢黒田此三陣江可切出与云て手合  之次第芦塚忠兵衛布施村代右衛門両人千四  百余人を率而鍋島手へ向上総村三平千々輪  村五郎左衛門両人千余人を率而鍋島手江向  天草兵札六百余人を得て寺沢陣江向小屋之  に火を付んとて外に三拾人斗を山之手江廻  し陣屋にゐ令火放以上一揆等三千余人相詞  相印を定其夜丑之刻右三陣江切可出戦一揆  之輩兼而如申合寄手之竹束に火を懸鉄炮春  打鬨声を上け一同に切懸は城中に残る者共  皆一同に声を合て夥敷鳴闇黒田持口仕寄番  家老黒田監物与云者大身に而多勢を卒在之  所へ一揆押寄る監物も遠見を置て夜討懸り  来る由を達而聞候故囲を臣取て弓鉄炮を内  尓伏置随分防き戦といへ共二度迄は一揆之  輩被切立逃散所に三度目に一揆之鉄炮監物  か頭に中り左右に打抜即時に死す子息黒田