能登半島の資料を翻刻!

コレクション: SHOSHO「能登」

能登名跡誌 - 翻刻

能登名跡誌 - ページ 19

ページ: 19

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護摩といふ是を俗におとこはらいといふ御社の煤払 といふことにや又祭礼には石動山衆徒来り隣むら 柳田村に岩窟あり此所に暫籠り神輿を待受 山伏姿にて螺貝を吹也此穴を俗に山伏穴といふ 是等に古礼あり是によつて昔より石動山は北陸 道の内六ヶ国毎年大宮一度火宮一度此一ノ宮分一 度知職米とて勧進す往古より石動山は有縁 あること也其外祭礼年中数多あり中にも大祭 は毎年二月初午の日御出代輿ありて所口本宮能登 生国玉の神社へ八里の程幸行有本宮に二宿座有 て御帰座ある也此道すから色々古例有福田村の七 兵衛といふ者ちいさき籾の俵二ッ備ふ是を投俵と云 又八幡村の内捨子後といふ所にて其昔時御子を捨 給ひし因縁にて神輿の鈴ならす其捨給ふ姉宮 は上曽根村の氏神弟宮は下曽祢村の氏神なり 又昔は道筋遠くて甘田村の保へかゝり宿女村の宮 に御一宿有し也依て宿女の名あり此宿女の御神 躰は椎葉円の神社と号して石動山天漢石三