翻刻
護摩といふ是を俗におとこはらいといふ御社の煤払
といふことにや又祭礼には石動山衆徒来り隣むら
柳田村に岩窟あり此所に暫籠り神輿を待受
山伏姿にて螺貝を吹也此穴を俗に山伏穴といふ
是等に古礼あり是によつて昔より石動山は北陸
道の内六ヶ国毎年大宮一度火宮一度此一ノ宮分一
度知職米とて勧進す往古より石動山は有縁
あること也其外祭礼年中数多あり中にも大祭
は毎年二月初午の日御出代輿ありて所口本宮能登
生国玉の神社へ八里の程幸行有本宮に二宿座有
て御帰座ある也此道すから色々古例有福田村の七
兵衛といふ者ちいさき籾の俵二ッ備ふ是を投俵と云
又八幡村の内捨子後といふ所にて其昔時御子を捨
給ひし因縁にて神輿の鈴ならす其捨給ふ姉宮
は上曽根村の氏神弟宮は下曽祢村の氏神なり
又昔は道筋遠くて甘田村の保へかゝり宿女村の宮
に御一宿有し也依て宿女の名あり此宿女の御神
躰は椎葉円の神社と号して石動山天漢石三