能登半島の資料を翻刻!

コレクション: SHOSHO「能登」

能登名跡誌 - 翻刻

能登名跡誌 - ページ 21

ページ: 21

翻刻

又鵜浦も中山の郷なり今も鵜田とて御神田有之 当屋の者此田を作て鵜をとりて捧る也則利家 公御墨付あり    即十月の末つかた此玉垣に詣ふてゝ  卸(ヌキ)やすき笠も恵や小六月 又一宮の上のに十三塚とて有何も子古塚中 にも甲塚とて折々兵具を掘出せり又石塚と いふは方弐十間計に積たる石毎に梵草彫て有 是はいつれも一宮社領三万石の時は一起の所にて 衆徒多く有し其時の跡なるへし今に荒徒の 住し所とて羽喰村境六万坊といふ所有又一宮と 柳田村境に粟生の七郎と云し人の城跡とて有 此人は越後謙信勢と戦て討死有しとて 塚は羽喰村境猫橋の辺にあり 又一宮宿村浄土真宗の御坊に聖徳太子の霊像有 色々奇瑞あり是は瀧村の寺ヶ崎といふより掘出し