翻刻
客殿に懸りあり又開山日乗上人此寺の繁栄
は茅張へしとて平生用ひ給ひし槐’(エンシユ)の杖
をさし給へるに大木となり今開山堂の後に
杖塚とて槐の木の生して枯木あり又釈迦堂
の本尊は丈六の大仏なり此 御首(ミクビ)は足垣の礒に
奇瑞ありて寄給ふ尊像也其外其外霊像多し
昔此寺は瀧谷寺とて石動山門流の教院の
大地なりしに時の住 を乗徴阿舎利とて尊
き行者なりしにあるとき佐渡の国への渡りの
船中にて日蓮上人の御弟子日像上人と行力く
らへありしに阿舎利日像上人に負給ひて弟子
となり日乗と改名ありて則此寺を日像上人に
渡し法花の道場となし給へり永仁二年四月の
事なり此事石動山衆徒聞て色々仇をなすと
いへとも不叶して終に日像上人草創あつて
日乗上人を開山となし給へり毎年六月廿六日日乗
上人忌講会あり諸商人他国より多く集り参詣
多群集して繁昌なり此忌講会は諸国の末