能登半島の資料を翻刻!

コレクション: SHOSHO「能登」

能登名跡誌 - 翻刻

能登名跡誌 - ページ 33

ページ: 33

翻刻

    芦原のみにて    礫(ツブテ)打て雲雀たたせる芦辺哉 惣して此能登の国は昔は今濱村ゟ三崎まて 内外の流伝ひ往来なく山の中通往来せし なり其時は此福野村抔通りしもの也是を 今中道通りといへり諺にいふ能登はやさしや 土まてもといふは此中道のこと也菓実菜 根まて浦半とは違やわらかにて味よし       一ノ宮より弐里弐十五町本馬九拾  神代河尻 壱文軽尻五十五文人足四拾五文       なり家数三十軒計あり 此村川の湊にありて給人米蔵宿有其外商家 あり小船抔出入して余程繁昌なる所なり■■ 下りて冨木へ越ゆる往来二筋あり其筋は五里 峠とて弐里余にて人家なし難所なり峠是も 本道なり又壱筋福浦村を経て行也是は道 よし浦半の詠あり然共福浦の に石山