翻刻
縁記等あり出生慥ならす
又慥ならさる事なれ共所に言伝へるを
爰に記す也昔越中の国黒部川の
湊に玉椿の里とて今迷【謎か?】なる所あり其
比は玉椿千軒とて繁昌なる湊なり
此所の長なる人式時上京せしに独の
士と連立ぬ不思義ありて又戻りにも
連立往来の宿の名染も重りわかれ
になりて彼侍のいへるは我こそ越後
の明光山の麓に住む三越左衛門といふ
先年経る狐なり今よりは其許へ折々《割書:成|来》り語る
へしと約して別れぬ其後は三越度々《割書:成|来》てむ
つましく語けるに後には心安き友一両人とよりて
咄合ぬ三越云よふは民家は物さわかしきなれは
我等眷族に言付此家後に一亭建て語るへしとて
程なく亭の成就せし振廻とて三越山路の■
味を拵友に振廻けるに其中にこさかしき友の眷
族の料理《割書:物|場》を覗き見れは人のかたちなり