能登半島の資料を翻刻!

コレクション: SHOSHO「能登」

能登名跡誌 - 翻刻

能登名跡誌 - ページ 42

ページ: 42

翻刻

   縁記等あり出生慥ならす    又慥ならさる事なれ共所に言伝へるを    爰に記す也昔越中の国黒部川の    湊に玉椿の里とて今迷【謎か?】なる所あり其    比は玉椿千軒とて繁昌なる湊なり    此所の長なる人式時上京せしに独の    士と連立ぬ不思義ありて又戻りにも    連立往来の宿の名染も重りわかれ    になりて彼侍のいへるは我こそ越後    の明光山の麓に住む三越左衛門といふ 先年経る狐なり今よりは其許へ折々《割書:成|来》り語る へしと約して別れぬ其後は三越度々《割書:成|来》てむ つましく語けるに後には心安き友一両人とよりて 咄合ぬ三越云よふは民家は物さわかしきなれは 我等眷族に言付此家後に一亭建て語るへしとて 程なく亭の成就せし振廻とて三越山路の■ 味を拵友に振廻けるに其中にこさかしき友の眷 族の料理《割書:物|場》を覗き見れは人のかたちなり