能登半島の資料を翻刻!

コレクション: SHOSHO「能登」

能登名跡誌 - 翻刻

能登名跡誌 - ページ 55

ページ: 55

翻刻

     釼地より壱里三拾丁余本馬八十八文  道下  軽尻五十三文人足廿七文家数弐百      軒計商家交りあり能き所なり      御収納蔵数戸別あり 此村は寺口へ近くて一山の用達し繁昌に 家居して能き所なりしに近年は焼失にて 家立悪敷なりし也田谷孫三郎とて利家公 より御扶持人の山廻りあり和田理左衛門とて山 廻り有氏宮住吉宮は南の岡にあり神主四柳氏 にて数ヶ村多く持宮支配あり九十三ヶ村なり 近郷は不残支配也櫛比惣持寺大工棟梁櫛の 源兵衛といふ大工此所に有 又近きに錑(カナ)川とて護摩堂有桜尾山宝泉寺 といふ寺領拾石也此寺昔は櫛比庄今の惣持 寺の地にありてj弘法大師再興の蜜院成 しに中興院主定賢律師夢の告あり寺