能登半島の資料を翻刻!

コレクション: SHOSHO「能登」

能登名跡誌 - 翻刻

能登名跡誌 - ページ 59

ページ: 59

翻刻

八月十五日五十八才にて当寺におゐて遷化あり仏 慈禅師と譜あり其後安永六年光徳円明国師 と勅宣あり 此寺昔は行基菩薩開基の教院なりしに其比栄山 和尚は同国酒井の永光寺にありしに夢の告あり て此所へ来り給ふに其時の院主実賢律師と いへるにも又夢の告ありて《見せ消ち:筒|符》節を合せて 即ち此寺を禅師に明渡し其身は辺りちかき 道下村に庵をむすひ住み給へりとの宝泉寺 是なり其後栄山和尚奇瑞四方に響き勅願 所となり参内ありしより曹洞宗転衣は此寺ゟ 始れり依て一宗禁裏官此惣持寺にありて大録 所たり委き事は開山瑞菅院記にあり其後は 大納言利家公御《見せ消ち:廉|簾》中芳春院殿御菩提の為に 諸堂御再興あり山門《見せ消ち:迴|廻》廊五院諸堂甍を かさり三十宇の塔司棟をならへ凡無き行粧 なり依て塔司の内にも芳春院は首領にて 寺領三拾石也其外塔司は五石宛其外官金割