能登半島の資料を翻刻!

コレクション: SHOSHO「能登」

能登名跡誌 - 翻刻

能登名跡誌 - ページ 6

ページ: 6

翻刻

濱傳へに道程五里あり是も七ッ塚抔とて人 家を隔てたるに所有不自由なる往来也又加州 能州境は山手は松の一本あり是を境とすといへり 濱手は貝売塚とて有此塚を境のしるしの塚とす 先年此塚にて今濱村の長三郞と云者余程の金 子を拾ひし事有 又此山乃東の道宮島越といふ加州能州の浦方都て 越中今石動への徃來也上河合村と云より東へ登れは 加越能三州の境山あり是を三國崎といふ坂の上に 壱里塚のことくの小山ありて境とす南は加州の吉 倉山なり東は越中宮島山なり西は能州河合山也 諺にいふ三尺乃綱に繋ける牛は三国の草をはむ とは此ところなり   但越中の宮島村は能州境弐里の間の散村と也   宮島とは惣名にて中にも能登近き所を   小名に栗栖(クルス)といふ此村の入口に俊寛僧都の古   塚あり惣して能登の國は往古羽喰の潟   より能登部海道を經て內浦田鶴濱曾