翻刻
又高松より今濱まての半途に大海川後川とて
あり是は能州なり和漢三才図絵に河尻ゟ金沢へ
六里と有昔は此浜辺にありて駅なりしに水難に
退転して河尻村は今山手にありて今小村也
此川尻川は常は歩渉りなり出水には海際 入
て危くあやまり有てすいりとは俗言にして
誠は砂落入て踏所さたまらす歩む中に足
深く砂に入て或は死する者有能州第一の六ヶ敷
川なり尤出水には川上に弐つ家村とてあり
其向に渡り瀬あり今濱より南の里人は高枩
への往来の道の瀬なり不案内の者は人の渡るを
見て渡るへし此川の源は宝達の牛首村山より
一筋同瓜生村山より一筋なかれて上河合村といふにて
合流す又此川筋にて取る鮒銀こりとて名物也
又弐っ家村に弘法の名号石とて石毎に文字す
われり石畑中にあり
今日も快晴なるまゝに浦半の細引
も目さましくて詠にあかす漸と