琉球・沖縄の世界を翻刻する

コレクション: ハワイ大学所蔵 阪巻・宝玲文庫 vol. 1

骨董録 - 翻刻

骨董録 - ページ 68

ページ: 68

翻刻

の者は帶劍防戦して國内の狼籍を守護し老弱 のものは讀經修法して山中の安穏を祈禱せし よりおのつから學侶行人等の名は出來しと云 また行人方を總分といひ學侶方を多分といひ しも天正の頃より世の人申しならはせる所也 といふ聖といふ者は中頃時宗の此山に來り住 て或は念佛を修行し或は廻國勸進せしを 神祖の御時に至て眞言秘密の靈場に其法侶に あらさるものの雜り居へき事然るへからさる 由の仰せによりて悉く皆眞言の教に随ひしと いふ   木食上人高野山を再興せし事 興山寺の開祖興山上人應其といひしは木食修 行の僧なりしかは世には又木食上人とも申せ し也此上人もとは近江守護佐佐木の流にて三 十七の時に出家し高野山に登て修禪煉行す秀 吉關白世をしり給ひし始に紀伊國高野根來の 僧徒等やゝもすれは甲冑をよろひ弓箭をとり て某を押妨たる事佛法にもちかひ王法にも背 き甚無道の至り也とて天正十三年の春自ら十 萬餘騎の兵引具して國中の要害ことことく に打傷りてうたるる者二千餘人まつ根來寺に 攻入り堂塔寺院ことことくに焼亡さる高野大 衆會合して僉議するに防戰ふせき義勢もなく