琉球・沖縄の世界を翻刻する

コレクション: ハワイ大学所蔵 阪巻・宝玲文庫 vol. 1

骨董録 - 翻刻

骨董録 - ページ 75

ページ: 75

翻刻

され二十一个條の法制を以て學侶訴論の事を 決せられ雲堂事は隱居あるへきよしを仰られ 高野の僧來迎院某を召下されて興山寺住持職 に補せられ興山上人より此方師資相承御代の 法脉此時に至て斷絶す《割書:此度興山寺の住持職の|事行人の組頭の僧等誓》 《割書:詞を捧て興山住持の僧をゐらひおのおの入札|を進すへきよしにて來迎院を住持となされき》 《割書:此時の誓詞の前書等高野山にて用ゆる所の文|言なりいかにしてこれらの事はしろしめされ》 《割書:しにやと一山の行人等あやし|みおもひし事なりといふ》   行人の僧徒流刑《割書:并》高野山 東照宮神法樂   御法事の儀闕如の事 元祿四年の夏來迎院某興山寺住持職になされ 其後追箇條と稱せられて先に下されし二十一 个條の外に仰出さるる事ともあり是に於て行 人の僧徒愁訴の旨出來たり同五年七月つゐに 來迎院を始として行人の僧六百八十人餘遠流 に處せられ興山の事在山行人の上首《割書:組頭六人|の内也》 輪番交替して執務させらるされは 東照宮毎 月毎日の神法樂天下御祈禱の法事供養等の儀 本導師といふものもなくわつかに其舊義【右に「一作人數」と追記有】の存 する事すてに二十四年に及へり【「事」より下、右に「にて毎月十七日御祈祷あるなり」と追記有】 高野山事略《割書:畢》