翻刻
され二十一个條の法制を以て學侶訴論の事を
決せられ雲堂事は隱居あるへきよしを仰られ
高野の僧來迎院某を召下されて興山寺住持職
に補せられ興山上人より此方師資相承御代の
法脉此時に至て斷絶す《割書:此度興山寺の住持職の|事行人の組頭の僧等誓》
《割書:詞を捧て興山住持の僧をゐらひおのおの入札|を進すへきよしにて來迎院を住持となされき》
《割書:此時の誓詞の前書等高野山にて用ゆる所の文|言なりいかにしてこれらの事はしろしめされ》
《割書:しにやと一山の行人等あやし|みおもひし事なりといふ》
行人の僧徒流刑《割書:并》高野山 東照宮神法樂
御法事の儀闕如の事
元祿四年の夏來迎院某興山寺住持職になされ
其後追箇條と稱せられて先に下されし二十一
个條の外に仰出さるる事ともあり是に於て行
人の僧徒愁訴の旨出來たり同五年七月つゐに
來迎院を始として行人の僧六百八十人餘遠流
に處せられ興山の事在山行人の上首《割書:組頭六人|の内也》
輪番交替して執務させらるされは 東照宮毎
月毎日の神法樂天下御祈禱の法事供養等の儀
本導師といふものもなくわつかに其舊義【右に「一作人數」と追記有】の存
する事すてに二十四年に及へり【「事」より下、右に「にて毎月十七日御祈祷あるなり」と追記有】
高野山事略《割書:畢》