琉球・沖縄の世界を翻刻する

コレクション: ハワイ大学所蔵 阪巻・宝玲文庫 vol. 1

骨董録 - 翻刻

骨董録 - ページ 74

ページ: 74

翻刻

《割書:世の始也此度の事は灌頂論の事すてに學侶の 志を得しに依て其利に乘して行人の僧徒を滅》 《割書:すへきか爲に事を神鑰に假りて|また爭論を聞きしといふなり》寛文三年七月 大赦によりて學侶行人の僧等召還さる此年八 月立詮入寂を   學侶行人第三度爭論の事 寛文三年十一月立詮か弟子の僧雲堂を召出さ れて興山寺住持職になさる十二月學侶行人等 の制條を改定められ同四年五月聖方の制條を 下さる行人の僧等供養供法等異同の愁訴なり 《割書:今度の條目を出されて慶安の條|目をめし返されしによりて也》同六年八月雲 堂を丹羽左京大夫に召預られ奥州二本松に謫 居す是行人の僧制條に従はるるものと同去の 事然るへからさる由を以てなり   學侶行人第四度爭論《割書:并》興山寺住持職興山   上人法孫斷絕之事 延寶三年十月雲堂謫居の事御免ありて同四年 十月十八日雲堂并に學侶行人の僧等を評定所 に召され學侶行人の僧等自今以後は慶安の制 條の旨相守るへき由仰下され雲堂を以て興山 寺の住持職に還補せらる《割書:これより下は 憲祖|の御時の事也此時寛》 《割書:文六年學侶行人へ下されし三十六个條并に聖|方への制條ことことく皆めし返されて自今以》 《割書:後は 猷祖の御時の御條目|を相守へきよしの仰せなり》元祿二年二月學侶 の僧訴申すむねありて行人の僧等召問るる事 あり同四年四月學侶行人の僧等を評定所にめ 僧う論 等りりこの 召す事 環べる