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官版疫毒預防説 全 - 翻刻

官版疫毒預防説 全 - ページ 27

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【右】 別せしむること四十日と定むる時限を云なり    《割書:千八百三十八年版紐氏韻府附|録第五巻三百二十三葉に出づ》 キュアランタイニ〇荷蘭のキュアランタイニの場所はイーリ ンゲン及びデ、チイン、ゲメーテンなり此場所は千八百三十 一年及び千八百三十二年の両年間亞細亞/霍亂(コレラ)荷蘭の海岸 に近寄りし頃専ら之 ̄レが用をなせり其建築の規制頗る整ひ て遺憾となすこと甚だ少し此一時外國人を鎖閉するの制度 は荷蘭に在て交易を妨げ且 ̄ツ夥しく失費をなすこと甚しかり し此費用は猶他の諸國の如く政府より之 ̄レを清算すべきを 希へり是衆人の為なるを以てなれとも金庫は之 ̄レが為に定 【左】 額外の失費を受けたり 方今文明の諸國は勿論土耳其すらキュアランタイニ建設の 要需たるを知れり是を君子但丁(コンスタンチノペル)《割書:土國|の都》より千八百三十 八年第八月六日に出せる報文に左の如く明白に記載せり」 外國事務宰相ミュスターハ巴札(パシヤ)より同年第七月一日と日附 したる覚書を外國の公使に渡せり曰く キュアランタイニを一決して取用ゐしより遂之 ̄レに相應せ る場所に病院(ラサンレッツ)の建設を要とするに至り又アレキサンドリ ―及び叙里亞(シーリー)に疫毒流行するといふ報文を得たるに因り止 む事を得ず地中海より來れる船舶は最 ̄モ精細に撿査すること