翻刻
郭(くるは)諸司(やくしよ〳〵)壊(くづ)れ顛(くつがへ)り京中(きやうぢう)の家居(いへゐ)いと多(おほ)く倒(たほ)る八省院(はつせういん)豊楽(ぶらく)いん
東寺(とうじ)西寺(さいじ)極楽寺(ごくらくじ)清水寺(せいすいし)円覚寺(ゑんがくし)等(とう)顛倒(てんどう)す未曾有(みそう)の地震(ぢしん)
といふ主上中宮(みかどおきさき)御庭(おんには)に幄(まく)をはりて御座(ござ)所とせさせたまふ清水寺(せいすいじ)にて
僧俗(そうぞく)圧死(おされしする)もの五十人/翌(よく)十九日十四度/震(しん)し左衛門(さゑもん)の陣(ぢん)の後(こ)
庁(ちやう)堀川院(ほりかはのいん)の廊下(らうか)閑院(かんいん)の西(にし)の対屋(たいのや)民部省(みんぶせう)の舎(いへ)三宇(みむね)倒(たふ)る主上(みかど)堀川(ほりかは)
太政大臣(だじやうだいじん)兼家公(かねいへこう)の家(いへ)に遷幸(うつら)せゐはんが為(ため)に数百人の大工(だいく)に
修理(しゆり)せさせ給ふ時(とき)四面(しめん)の築垣(ついぢ)忽(たちまち)倒(たふ)れ大工(だいく)三十人/余(よ)打(うち)ころさるゝ
内十八人を堀出(ほりいだ)す御読経(おんどくきやう)の僧(さう)の児(ちご)ども圧殺(おしころ)され崇福寺(そうふくじ)法花(ほつけ)
堂(どう)南方(なんぼう)頽(くづ)れ谷底(たにそこ)に入(い)り堂守(どうもり)の僧(そう)千聖(せんしやう)死(し)し鐘(かね)つき堂(どう)顛倒(てんどう)
弥勒堂(みろくどう)大石(たいせき)落(おち)て乾(いぬい)の角(すみ)をこはす又(また)近江(おふみ)の国分寺(こくぶんじ)大門(だいもん)倒(たふ)れ
二王(にわう)くだけ国府(こくふ)の庁(やくしよ)の屋(いへ)三十/宇(むね)余(よ)顛(くつがへ)り関寺(せきでら)の大仏(おほほとけ)こしよりうへ
くだけ失(うせ)る廿日十一/度(ど)廿一日十三/度(ど)廿二日十二/度(ど)廿三日十度廿六日八度
廿九日五度/晦日(みそか)八度七月十一日六度十二日四度地震あり此災(このさい)によつて
是迄(これまで)天延(てんゑん)《割書:四|年》の年号(ねんごう)を貞元と改らる《割書:罪人をゆるさるゝ|などれいのごとし》されど猶(なほ)余動(よどう)止(やま)ず
十四日二度ゆる十八日廿日大にゆり廿一日三度廿三日/迄(まで)たえず震(ふる)へり
同九月廿三日又地大に震(ふる)ふひゞき甚(はなはだ)し十月十一日/諸社(しよしや)に神宝(じんほう)を奉(たてまつ)らし
めたまひ御祈(おんいのり)あり以上「日本紀略」「扶桑略記」○同二年二月四日/巳刻(みのこく)地震(ちふる)ふ
九日/巳時(みとき)地(ち)大に震(ふる)ふ「花山(くはさん)天皇」「永観」二年十一月八日地大に震(ふる)ふ「一/条(てう)天皇」
「正暦」五年十月廿四日/同前(どうぜん)御卜(おんうらなひ)あり「三条天皇」「長和」四年十一月六日
地大に震(ふるふ)以上「日本紀略」「後一条(ごいちでう)天皇」「治安」二年同前○「万寿」元年三月十一日
戌(いぬ)の刻(こく)地震(ぢしん)十八日/卯刻(うのこく)又(また)震(しん)す「扶桑略記」同二年十二月/地震(ぢしん)大雪(おほゆき)○同
四年三月二日/申(さる)の時(とき)大地震「長元」五年三月五日/天変地震(てんべんぢしん)の恠異(くはいゐ)