翻刻!地震・災害史料

コレクション: 国文研地震

地震年代記 - 翻刻

地震年代記 - ページ 9

ページ: 9

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【「 」は矩形で囲われた文字】 西北(いぬい)の竪檀(たてだん)長(ながさ)八間/裂(さく)る宮城(おくるはかち?)京師(みやこ)の庐舎(らくし)頽損(くづれそこなは)るゝ事(こと)甚多(はなはだおほ)し七日/陰陽(おんやう) 寮(れう)奏聞(そうもん)していはく地震の徴(しるし)は兵(いくさ)賊(ぬすびと)飢(きゝん)疫(はやりやまひ)を慎(つゝ)しむべしと。《割書:かくうらなひ|けれどその》 《割書:ころよのなかおたやかに|をさまりしなり》其夜(そのよ)戌尅(いぬのこく)【(刻)】より子尅(ねのこく)【(刻)】迄(まで)地(ぢ)又(また)震動(しんどう)し八日は辰刻(たつのこく)より 丑刻(うしのこく)に至(いた)る迄(まで)に四/度(たび)ゆり九日の夜(よ)も二度十日は五度十一日はしば〳〵震動し 十二日は子一尅(ねのいつこく)【(刻)】大にゆり寅四尅(とらのしこく)【(刻)】小(ちいさ)くゆる十三日十四日十七日十八日もゆる 十九日/戌(いぬ)の時(とき)天(てん)に声(こへ)ある事二度/地(ち)又(また)震動(しんどう)す廿一日も戌一尅(いぬのいつこく)【(刻)】空(そら)に声(こへ) ありて丑刻(うしのこく)に地震廿二日/辰(たつ)の時(とき)地大に震(ふるひ)二たび動(うご)きてやむ廿三日廿四日 廿五日廿九日も地震する同五年正月六日/酉(とり)の時(とき)地震する十一日十二日 十四日十六日も九月十九日廿日廿一日《割書:二|度》地震する以上「三代実録」「光孝(くわうかう)天皇」「仁和」 元年四月十四日/大風雨(たいふう)して地震/声(こえ)あり同十六日/霜(しも)ふり寒く地震(ちしん)す 「扶桑略記」同十二月廿日/巳(み)の時(とき)天(てん)の東南(たつみ)に声(こへ)ありて高楼(にかいや)の壊落(くづれおつる)が て圧死者(おされしぬるもの)四人/此(この)穢(けがれ)によつて賀茂祭(かもまつり)停(とゝめ)らるその後(ご)日々(ひゞ)地震(ぢしん)やまず 同廿八日/国々(くに〳〵)におほせつけられて地震祭(ぢしんまつり)あり同廿九日/迄(まで)ゆりてのち 無事(ぶじ)なり○同六月三日/雨(あめ)ふり地大に震(ふる)ひ廿日又/地震(ぢしん)して鴨河(かもがは)の 水(みづ)大に溢(あぶ)れ京(きやう)の人家(じんか)をたゞよはす陰陽寮(おんやうれう)東西(とうざい)に兵草(いくさ)あるべしと占(うらな)へり 「日本記【(紀)】略」「扶桑略記」《割書:はたして翌年下総に将門伊与に純友の|乱おこる但しほどなくたひらぎをはんぬ》「村上天皇」「康保」二年 九月廿一日地大に震(ふる)ひ廿二日廿三日十月朔日又震ふ「冷泉(れいぜい)天皇」「安和」元年 八月三日/子刻(ねのこく)地震(ぢしん)鳥獣(とりけだもの)おどろきて鳴(なく)「円融(ゑんゆう)天皇」「天禄」三年閏二月十四日 寅刻(とらのこく)大地震(おほぢしん)同日/申(さる)の時(とき)冝陽殿(きやうでん)鳴(なる)同年九月廿七日/辰刻(たつのこく)地(ち)大に震(ふるふ) 《割書:「本朝年代記」に余|動有としるす》十二月廿日/年号(ねんごう)天延(てんゑん)元年と改(あらたむ)る天変地震(てんべんぢしん)によつてなり 罪人(たいにん)を赦(ゆる)し調庸(みつぎ)を免(ゆる)し老人(らうじん)に穀(こく)を賜(たま)ふ「貞元」元年四月十一日 夜(よ) 地(ち)大(おほい)に震(ふる)ふ同六月十八日/申刻(さるのこく)地(ち)大(おほひ)に震(ふる)ふそのひゞき甚(はなはだ)し内裏(だいり)御(お)