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コレクション: 松平文庫

温古集 五巻 - 翻刻

温古集 五巻 - ページ 14

ページ: 14

翻刻

【右丁上段】 見る〳〵勝見城之端、新屋敷、瀧ヶ鼻、等へ浸(ひた)したるが猶(な) ほその水の四ッ井北野の方へ馳せ行きしものはドットお めいて志比口地蔵町の上水堤防(じやうすいていばう)へのしかゝり堤防(ていばう)の上を 超(こ)すこと尺余に及びしは一昨朝の五時ごろなりしが地蔵 町 堤防(ていばう)も堪(た)へきれずして破壊(はくわい)せしにぞ地蔵町は元より論(ろん) なく奥町お旗町お籠町等志比口の町々(まち〳〵)は一 面(めん)に水海(みづうみ)と為 りしより松本各町堺町油町稲荷町与力町鍛冶町子安町大 工町谷町寺崎町三好町神明町小田原町祝町江戸町土居の 内神明前お使番町馬場鷹匠町お泉水町八軒町大王町 辺(へん)残(のこ) らずかの筋違橋鍵町河南小路辺は尤(もつと)も劇(はげ)しき水勢(すいせい)にて床 上に九頭龍川の水勢(すいせい)を為し人々は天(てん)を仰(あを)ぎて長歎(てうたん)するの みかくのことく堤防(ていばう)の破壊(はくわい)より非常(ひじやう)の急俄に出しことあ れば畳(たゝみ)を濡(ぬ)らさぬ家(いへ)とては十中一二に過(す)ぎずかの十七八 年前 猶(な)ほ旧藩(きうはん)の頃(ころ)にありし大水(たいすい)といへとも松本 辺(へん)の家々(いへ〳〵) へ尺二尺と云へる大水(たいすい)の床上(しやうじやう)へ浸(ひた)することは無(な)かりし にこの度(たび)の如(ごと)きは老人(らうじん)といへども覚(おぼ)へぬことなりしとぞ その村落(そんらく)の蒙(かう)むりし水害(すいがい)は未(いま)だ詳(つまびら)かにせざれども蓋(けだ)し 福井市街のみにてもこの度(たび)の水(みず)の為(た)めに害(がい)せられし財産(ざいさん) は夥(おびたゞ)しきことなる可し 【右丁下段】 ○市中浸水の惨況 当市(とうし)勝見の出村なる一 軒茶屋(けんぢやや)より西 潟村の間(あひだ)なる堤防(ていばう)前項の如く破壊(はくわい)せしより直に和田中村 の堤防へ溢水(いつすい)囂々(がう〳〵)と北方へ向つて押(お)し出し城の橋なる下 町は一 面(めん)の海となり屋根(やね)の頂(いたゞ)きを僅(わづか)に八寸余り水面へ表(あら) はし同町より鵜匠町地蔵町 辺(へん)にて助(たす)けて呉(くれ)の叫声(きうせい)を聞く と雖も別(べつ)に為(な)すべき手術(てだて)もなければ査官(さくわん)には早速(さつそく)小舟を 漕(こ)ぎ出され屋根を破(め)くりて助(たす)け出されし者二三名あり又 志比口荒橋の上手(うわて)なる堤防(ていばう)が已に切(き)れんとするより此処(こゝ) を切られては松本荒町近町は溢(あふれ)て浸水(しんすい)の害(がい)を蒙(こふ)むる少な からざれば其傍(そのそば)なる宗吉某の方へ警官(けいくわん)は臨時(りんじ)出張せられ 百間斗り土俵(どへう)を積(つ)みあげ漸くに防(ふせ)きとめたりされどもこ の荒橋より来る上水(じやうすい)溢(あふ)れて元竪町は床上(とこうへ)より七八寸も浸(ひた) し之れより西方堺町室町は一 尺(しやく)より二尺江戸町 辺(へん)よりお 泉水町神明前辺一 列(れつ)は元ゟ地面(ぢめん)高(た)ければ安心(あんしん)して寝(しん)に着(つ) きしに何ぞはからん二尺より三尺 或(ある)は四尺も俄然(がぜん)溢水(いつすい)の 浸(ひた)す所となりたればかの周章狼狽(あわてふためき)譬(たと)ふるにものなく畳(たゝみ)を 揚(あ)ぐるひまもあらかなし溢水どつと押(お)しかけたれば下足(げそく) 流すもあり或は勝手道具(かつてどうぐ)を流して探(たづぬ)る中にはや宅(うち)へ戻(もど)る を遮(さへ)ぎられ茫然(ばうぜん)天を仰(あほ)ぎて歎息(たんそく)する中にも新屋敷鵜匠町 辺(へん)は旧時(むかし)毎々出水する故(ゆへ)家々 概(おゝむ)ね小舟を準備(じゆんび)しありたる も近年(きんねん)出水の少きより皆(みな)売却(ばいきやく)にて一舟だも用意(やうい)なきより 【左丁上段】 他(ほか)へ移(うつ)らんとするも其 便(たより)を得ず徒(いたづら)に浸水中に直立(ちよくりつ)して 引汐(ひきしほ)を待つ其 惨状(さんじやう)目(め)もあてられぬ次第(しだい)なり又牧の島口な る元米沢町辺は同く溢水 天井(てんじやう)を浸(ひた)し元呉服町より筋違橋 辺は巷街(かうがい)の溢水 首切(くひぎり)ありて非常燈(ひじやうとう)の高く釣(つ)りしと水面僅 に五寸を隔(へだつ)る程(ほど)なれば他は推(お)して知るべし既に本社前街 の如きは溢水(いつすい)四尺に余(あま)り一大舟を通(つう)するに及(およ)び社内すべ て溢水に浸(ひた)されたり ○書記官の巡視 本県令代理本部少書記官には警部(けいぶ)巡査(じゆんさ) を随(したが)へ小舟(こぶね)にて一昨日 風雨(ふうう)を冒(おか)して市中(しちゅう)各町(かくてう)を巡視(じゆんし)され たり ○諸官衙諸学校臨時の早引ならび休務 県庁には一昨日 第一に書記官君親より草鞋(わらんぢ)を穿(うが)ちて発られ続て警官方等 続々雨を衝いて発られしはまづ半分の員数て余は迚も浸 水の為めに動かれず昨日は浸水に関係(くわんけい)ある方々だけは臨(りん) 時(じ)早引にて賜暇せられたり又は両裁判所は一昨日昨日は 法官一名代書人一名願人六名の外宿直の受付官一名居ら れしのみ昨日は願人代書人を合せて二十人ばかりのみ依 て午前十時頃 休衙(きうが)せられたり郡役所は平生の如く師範学 校福井中学校福井小学校一昨昨両日とも休校市中の各小 【左丁下段】 学校は残らず休校病院は平生の如く医学校は一昨日は平 生のごとく昨日は十時ごろ臨時(りんじ)早引びきなど何分斯のごと きことは稀(ま)れに見るどころか福井にては近来 未聞(みもん)の事共 なり尤役場はなか〳〵大繁昌(おゝはんばう)の様(やう)に見受けたり ○警官の勉強 当警察署は溢水(いつすい)の浸(ひた)すところとなるも人 民を保護(ほご)しその困難(こんなん)を救助(きうじよ)せずんばあらずと数十の査(さ) 官(くわん)は草鞋を穿(うが)ちてかれ〳〵現場(げんじやう)へ出張せられ東(ひがし)に走(はし)りて 風(かぜ)を冒(おか)し西(にし)に馳(は)せて雨(あめ)を厭(いと)はず昼(ひる)となく夜(よ)となく力を尽(つく) されたれば署内(しよない)恰(あたか)も人なきがごとく其各地へ出張せられ し査官(さくわん)は漸々 昨朝(さくてう)帰署(きしよ)せらるゝ程(ほど)にてこれ又 非常(ひじやう)のこと ゝ云べし ○洪水避所 当市中に人民 溢水(いつすい)を避(さ)くる場所橋南にては 毛矢町の高田別院(たかだべつゐん)常盤木町(ときはぎてう)孝顕寺日ノ出中町戸長役場即 ち鎮徳寺乾町の東別院足羽吉田郡役所内の《振り仮名:数ヶ所|すかしよ》に設(もふ)け られそれ〳〵地掛戸長役場(ぢがゞりこてうやくば)及び有志(いうし)の助力を以て溢水を 避(さ)けて集(つど)ひ来る逢難者(あふなんじや)或は貧民(ひんみん)へは何れも数斗の炊(た)き出 ししてその餓(うへ)を救助(すく)はれたり中(なか)にも橋南常盤木町外二十 二ヶ町村の戸長役場にては何処の巷街(かうがい)も溢水(いつすい)湛々(たん〳〵)たれば 小舟(こぶね)を浮(うか)べて地掛内を通し多少の握飯(つくね)を施行されしと云 へり