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コレクション: 松平文庫

温古集 五巻 - 翻刻

温古集 五巻 - ページ 17

ページ: 17

翻刻

【右丁上段】 それ〳〵水難(すひなん)を避(さ)けたり又 橋南(きやうなん)にて甚(はなはだ)しく溢水(いつ[す]ゐ)の浸(ひた)せし は元 其(その)矢町(やてふ)り一町 余(あま)り下手なる森巖寺(しんがんじ)近邊(きんへん)にて溢水(いつすゐ)中 に浸(ひた)され居(お)る人民を救(すく)はんとするも舟(ふね)もなく筏(いかだ)も無けれ ば地掛戸長役塲にては一月の日祭(ひまつ)りに立てる太鼓小屋(たいここや)の 柱(はしら)を各町より集(あつ)め一大筏を組(く)みこれに乗(じやふ)じて被難者(ひなんしや)を救(きふ) 助(しよ)されしと云へり ○なかにも困難 溢水床上を浸(ひた)せし各町内(かくてうない)の紺屋及び塗(ぬ) 師屋(しや)は疂(たゝ)みなとを揚(あ)ぐるひまに藍瓶(あいがめ)を水に浸(ひた)され之れを 揚(あ)げんと欲するも容易(やうゐ)の事には揚らす他器へ汲(く)み取(と)り抔 するうち多分は溢水に浸(ひた)され椽(ゑん)の下に備蓄して置きたる 漆(うるし)を漸々(やう〳〵)床上へ溢水(いつすい)のあがりてより氣が付き過半(くわはん)は流失(りうしつ) 或は浸水の入りたれはその損毛は少(すく)なからじといへり ○飯水の用意 急水(きうすい)の來(きた)りてその量(りやう)の多(おゝ)きときは竈(かまど)を沒(ぼつ) し火鉢(ひばち)を流(なが)し井を埋(うづ)め水瓶(みづがめ)を浮(う)かすなと殆(ほとん)ど臺所(だいどころ)を全沒(ぜんぼつ) し食事(しよくじ)は愚(おろ)か食水(しよくすゐ)にも差支(さしつか)へ忽(たちま)ち餓餲(きかつ)に迫(せ)まるも浸水(しんすい)は 見舞者(みまひしや)の道路(どうろ)を遮(さへ)ぎるものなればいかに親(した)しき姻者(ゑんじや)のあ りとも救(たす)けん工夫(くふう)の無(な)きものなりされば大雨(たいう)の意外(ゐぐわい)に續(つゞ) き川々の滿水(まんすゐ)と聞(き)くときはその幸(さゐわ)ひに空と爲ることある を覺悟(かくご)して二升なり三升なり直(たゞ)ちに飯(めし)を焚(た)き附(つ)け又た清(し) 水(みづ)を汲(く)み置(お)き二 階(かい)又たは高(たか)きところへ釣(つ)るす可(べ)し飯水(はんすい)の 【下段】 用意(やうい)さへ整(とゝの)へは塩(しほ)を添(そ)へてなりとも二三日は籠城(ろうせう)の出來(でき) るものなり現(げん)に新屋敷(しんやしき)鵜匠町(うじやうまち)城(じやう)の橋(はし)にて西方(にしがた)堤防(ていばう)の切(き)れ たりスワ大變(たいへん)ときくより何(なに)はさて急(いそ)いで清水(せひすい)を汲(く)み飯(めし)を 燒(た)きにかゝり傍(かたわ)ら置(お)き上(あ)げにかゝりし家は燒(た)き畢(お)はり未(ま) だ釜(かま)から櫃(ひつ)に移(うつ)さぬうちに水の來(きた)りて井に竈(かまど)を沒(ぼつ)したれ ども二日間の籠城(ろうじやう)に飯水(はんすゐ)に差支(さしつかへ)無(な)く気樂(きらく)に水の床上(しやう〴〵)を退(ひ) くを待(ま)ちたりと云(ゐ)ふいかにも慣(な)れぬものはこゝへは氣附(きづ) かぬなりゆへにその筋(すじ)より團飯(にぎりめし)を配(く)ばらるゝ舟(ふね)の廻(ま)はる まではひだるい腹(はら)をかゝへ昨夜(さくや)からまだ飯(めし)があたりませ ぬお救(たす)け〳〵と米櫃(こめひつ)に米もあり井も家にある人にして大(たい) 叫哀(きやあい)を乞(こ)ひしものも寡(かく)かゞざりし ○上水渇聲 福井市街北部の町々を流(なが)れてかの飲用水(いんやうすい)に 供(きやう)せらるゝものはその源(みなもと)を九頭龍川に取(と)りし芝原用水よ り分派(ぶんは)せらるゝものにしてこの流(なが)れに田面(たのも)を養(やしな)ふものは 足羽吉田二郎にはなか〳〵尠(すくな)からぬ村數(むらかづ)なるにこの回(たび)の 洪水(こうすい)にて九頭龍川の堤防(ていぼう)を潰決(くわいけつ)せし塲所(ばしよ)の多く水流こゝ へ決(けつ)して本流(ほんりう)に減(げん)じ且(か)つ芝原用水の分派口(ぶんはぐち)を損破(そんぱ)して土(ど) 砂(さ)を多(おゝ)く持來(もちきた)りしをもて志比境(しひざかひ)までは細々(ほそ〴〵)流(なが)るゝも其 以(ゐ) 西(せい)は悉皆(しつかひ)渇盡(かつじん)し市中上水の川々は雨溜(あまだまり)の外は一滴(いつてき)も流れ ぬと云ふ爲めに困艱(こんかん)するもの實(じつ)に夥(おびたゞ)しきをもて郡役所 【左丁上段】 よりも吏員(りゐん)の派出(はしゆつ)に爲りそれ〳〵修繕(しうぜん)して流(なが)れを來(ひ)く樣(やう) に盡力(じんりよく)せられ一両日中には舊(きう)に復(ふく)する筈(はづ)なりと云へど昨 朝の大雨にてはどうなりし歟 ○閉戸能く水を防ぐ 松本筋(まつもとすじ)にては餘程(よほど)水(みづ)に慣(な)れし氣轉(きてん) 者(しや)あり水來(みづ)と云(ゐ)ひ囃(はや)すとその儘(まゝ)表戸(おもてど)悉皆(しつかい)鎖(と)さし疂(たゝみ)を寄(よ)せ かけて重(お)もりと爲(な)し猶(な)ほ板(いた)など打(うち)つけて隙間(すきま)洩(も)れ來(く)る水 を防(ふせ)きたるに町屋(まちや)の雙方(そうほう)は壁(かべ)なり南向(みなみむ)きの家(うゐ)にてはこの 手段(しゆだん)を取(と)りしゝり同じ軒續(のきつゞ)きは浸(ひた)せるにひとり之(これ)を免(のが)れ し家もありと云ふ置(お)き上けのすみし上(うへ)手廻(てまわ)しの出來(でき)たら んにはこの方法(はう〳〵)また心得(こゝろゑ)て宜(よ)きこと也 ○樽桶等を置き上けにする時の心得 浸水(しんすい)はたび〴〵あ りてならぬことなれどもまだ何時(いつ)無(な)いとも云(ゐ)はれねば置(お) き上(あ)げするときの心得(こゝろゑ)そ肝要(かんえう)なり水(みず)慣(な)れぬ人々にては桶(おけ) なり樽(たる)なりをもて置(お)き上げ臺(だい)とするに仰向(あをむ)けて底(そこ)を下(した)に するが常(つね)なるが左(さ)するときは水の周圍(まわり)を充(み)たす頃(ころは)ひには 浮(う)きあげて折角(せつかく)骨折(ほねお)りて拵(こしら)へし置(お)き上げを顛(くつが)へし諸具(しよぐ)す べてざんぶり濡(ぬ)らすものなりされは仰向(あをむ)けにするときは 水を汲込(くみこ)んで浮(うか)まぬ樣(やう)の用意(やうゐ)を爲(な)すか又は俯向(うつむ)けて底(そこ)を 上にすれば決(けつ)して浮(うか)む氣遣(きづか)ひは無(な)しと云ふ今回(こんど)の浸水(しんすゐ)に 之(これ)を経験(けいけん)せしに水(みづ)入(い)れずして仰向(あをむ)けしはすべて顛(くつが)へせし ぞ道理(ことわり)なれ 【左丁下段】 ○浸水の舊町數 前號に記(し)るしたる當市(とうし)溢水(いつすい)の浸(ひた)せし各 町を舊名にする時は凡て二百七拾町にして其(その)溢水(いつすい)の浸(ひた)さ ゝる町は同く舊名 僅(わづ)かに四十七町なりと云ふ ○材木の漂流夥し 丹生郡末の谷郷の天野勝右衞門は同 郡 上戸(うわと)村の牧野市兵衛に運漕賣捌(うんそうゝりさばき)を委托(たのみ)し去月十六日日 野川を下り廿一日 漸(やうや)く足羽川と合流(こうりう)せる安居村(あごむら)に着(ちやく)せし かこゝより今(いま)一勉強(ひとべんきやう)と足羽川を遡(さかのぼ)り廿九日 晩(ばん)に當市(とうし)幸 橋へ着(ちやく)しこれより材木屋(ざいもくや)へ引合(ひきあ)わんとその手續(てつゝ)きに及ぶ 翌三十日より水嵩(みづかさ)の漸次(ぜんじ)に增(ま)し一日の激浪(げきりう)に支(さゝ)へとめる 隙(ひま)も無(な)く二百八十六本(代價(だいか)三百七拾圓)盡(こと〴〵)く之(これ)を流(なが)し 半月(はんつき)ばかり運漕(うんそう)の苦心(くしん)を無(む)にせしのみかわ材木原資(ざいもくもとで)なら び山より切(き)り出して日野川まで陸運(りくうん)したる運賃(うんちん)とも一 朝(てう) の泡(あわ)と消(き)へたるぞむざんなれしかるに同日九十九橋にて 濱方(はまかた)人足(にんそく)なんとが水を冒(おか)して拾(ひろ)ひあげしはその内四拾二 本なりときゝ市兵衛は相當(そうとう)の禮金(れいきん)を出して受取(うけと)らんと云(ゐ) ふに拾(ひろ)ひ主(ぬし)は二十圓で無(な)ければ渡(わた)せぬとか云ひ張(は)り目下(もくか) 談判(だんぱん)中なりと云ふ水上の拾(ひろ)ひ物はどうなるものにや ○鶏犬水に死す 這回(こたび)の洪水(こうずい)はあまりの火急(くわきう)にして疂(たゝみ)さ へ濡(ぬ)らす始末(しまつ)なれは家鶏(にわとり)飼犬(かひいぬ)の避水(ひすい)まではなか〳〵手の 届(とゞ)かす氣(き)も附(つ)かす必死(ひつし)と道具類(どうぐるい)の置(お)き上(あ)げにかゝりて居(ゐ)