翻刻
天文志よりハ変を記して応を記さず是春秋の意
に本づくなり今太平御代何の応フ是あらむ地震
即災異にして外に応の有べきとなり人にこころを
やすんして各の務(ツトメ)をおこたらざれ
文政十三年
寅七月廿一日 思斎堂
主人誌
此地震考一冊ハ予カ師濤山先生の考る所にしてこの
頃童蒙婦女或ハ病者抔さま〳〵の虚説にまどひニ
おそれおのゝきまた今に小動も止ず此後大震やあらんと
心も安からされハ歴代のためしを挙(アゲ)て其まとひを
解きてこゝろをやすんぜさらしむ京師ハ上古より大震も
稀なり宝暦元年の大震よりこの年まで星霜八十年を
経れハ知る人すくなし此災異に係(カリ)て我を損じ