翻刻
始ノ四月亦同五月朔大地震五条石橋落朽木谷崩土民
死至七月末止出たり広嶌氏の譚(ハナシ)に享和三年十一月諸用ありて
佐渡の国小木といふ湊に滞留セしに同十五日の朝なりしが
同宿之船かがりせし船頭とともに日和を見むとて通辺なる
丘へ出候に船頭のいはく亡日の天気ハ誠ニあやしけるニ四方
濛々(モウ〻)として雲山の腰ニたれ山半腹ゟ上ハ峯あらはれたり
雨とも見えず風になるとも覚えず我年来かくのごとき
天気を見ずと大にあやしむ此時広嶌氏考て曰是ハ
雲ミたるにあらず地ニ気之上升するならん予幼年之時
父二聞ける事有地気之上升するハ地震の徴(シルシ)なりと暫時も
猶予(ユウヨ)有へからずと急ぎ旅宿に帰り主に其由をつげ此後ハ
山前ハ海にして甚危(アヤウ)し又来るとも暫時外の地にのがれん
と人をして荷物抔先へ贈りことそこ〳〵に支度して立出ぬ
道の程四里計も得とおもひしが山中にて果して