翻刻
調ふ成か此調子にてハ大方京中ハ滅却すべきぞ急ぎ
食にても認めて我を先嵯峨之方へ誘ひ申計と云日頃
の手ぎハどもあれは早速西をさして嵯峨に行嵐山の
麓大井深原ニ着て暫く休息して云やういまだ調子ならず
あないぶかし大方大火事成るべしと人家有所をはなれて北へ
越せしいまだ同じ調子なるハ此も悪所と覚ゆ愛宕宿ニハ
知る場あり是ニ誘ひゆけといふいざとく又登いりして
其坊ニ着く坊主出て何とてかく早々ハ登山しけるよと
申セラハしか〳〵の事有と答ふこゝはいかにと向うも
猶安からず少しにても高き所へ参りたしと云其所ニ護摩
堂有此ニ行れよくありしかハ此堂ニ入て大ニよろこび扨々
安堵ニ住をり調子初て直り候とて唯いつまでも此ニ居たき由
申セしが頓て地震ゆり出し夥しき事いふばかりなし
《世間ニ云寅年大地震》何とかしたりけむ彼護摩堂ハ架作(タナツクリ)ニテ頓て
深谷ヘ崩れ落て破損し四方市も空しくなる六十余
里ニても有べきか此一生之終りをして人の吉凶さへ姦きゆゝ
ニ知るものゝ己が終る所をしらざるのミに非ずト死場ニて安堵し
ける事