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コレクション: STAGE5

安政見聞録 上 - 翻刻

安政見聞録 上 - ページ 25

ページ: 25

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みな尽(つき)ん。斯(かく)てはいと〳〵 迷惑(めいわく)なり。半(なかば)にて許(ゆる)し給へ。といへども可(きか)ずみな 売(う)れ。と框(かまち)に腰(こし)をうち掛(かけ)て。動(うご)くべき体(てい)もあらず。亭主(ていしゆ)は辛(かう)じて君(きみ)が 家族幾個在(うからいくたりおは)すか存(ぞん)ぜねど。この半(なかば)にて一飯(いつはん)の縡(こと)は足(た)り候べきを。強(しひ)て如此(しか) 如此 宣(のたま)ふこと。吾們過(われ〳〵あやま)りて行燈(あんどう)を。出(いだ)したりしを咎(とが)にして。責(さい)なみ給ふは両刀(りやうたう)を。 帯(おび)給ふに似合(にあは)しからず。曲(まげ)てこの義(ぎ)は許(ゆる)させ給へ。といふに武士点頭(ものふうなづき)て。吾(わが) 家族(うから)に食(くは)すのなら。売(うら)じといふをなどて責(せめ)ん。我如此〻〻(われしか〳〵)にて握飯(にぎりいひ)を 持出(もちいで)たりしが器小(うつはちひ)さく。思(おも)ふがまゝに施(ほどこ)し得(え)ず。遺憾(いかん)に思ふその折(をり)から。こゝ に行燈(あんどう)のあるをもて。駈入(かけい)ればその飯(いゝ)あり。今求(いまもと)めて飢人(うゑびと)に。与(あた)へんと思ふ ばかり也。と聞(きい)て亭主はうち笑(わら)ひ。この飯とても二升餘(ふたますあま)り限(かぎ)りもあらぬ 飢人(うゑびと)を。千分(せんぶ)が一も救(すく)ひ難(がた)けん。始(はじ)め施し給ふにて。御志(みこゝろざし)は達(たつ)したり。といひも 果(はて)ぬに武士が。いかにも我分際(わがぶんざい)にて。幾個(いくたり)の人をか救(すく)はん。汝(なんじ)が言(こと)を俟(また)ず して我もよくそれは知(し)れり。然(しか)れどもわが懐(ふところ)に。些(ちと)ばかりの黄金(こがね)を持(もて)れ ば。その限(かぎ)りは救(すくは)んと。元来(もとより)わが情願(じやうがん)なり。汝(なんぢ)もまげて我に与(くみ)さば。陰徳(いんとく)の 端(はし)ともならん。去来頓々(いざとく〳〵)と首(くび)にかけたる。炊桶(かしをけ)をさしつくれは。亭主(ていしゆ)は このとき忽地(たちまち)に。形(かたち)を改(あらた)めて武士を。仰(おふ)ぎ視(み)て額著(ねかつき)つゝ。さても賢(かしこ)き御心(みこゝろ) かな。世に善者(せんしや)のありといへども。君(きみ)が如(こと)きは稀(まれ)なるべし。その志(こゝろざ)しを承(うけたま)は れば。何条否(なでういな)むことあらん。償(あたひ)を索(もと)めずこの飯(いひ)を。君(きみ)に参(まゐ)らしたけれども。 斯(かく)ては君また肯(うけ)ひ給はじ。因(よつ)て白米(はくまい)の料(れう)を受聊(うけいさゝか)ながら薪(たゝぎ)の代(しろ)は君(きみ)に 力を合(あは)さんのみ。これをば免(ゆる)し給へといふ。武士 聞(きい)て大に歓(よろこ)び。則件(すなはちくだん)の飯(いひ)を 握(にぎ)り。持出(もちいて)て其処(そこ)なる人(ひと)に。施(ほどこ)して帰(かへ)りしとぞ  按るにこの武士(ものゝふ)。かゝる凶変(きようへん)の時にあひて。家の破壊(はゑ)を顧(かへり)みず。元(もと)  より事足(ことた)る身(み)にもあらぬを。資財(しざい)を捐(すて)て飢民(きみん)を救(すく)ふ。実(じつ)に善(せん)