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【右頁上段】
◯愛知県の出水 愛知県下(あいちけんか)にて水害の甚(はなは)だしかりしは海西(かいさい)郡に
て同地の河川(かせん)は去七月廿一日 午前(ごぜん)八時頃より増水し来(きた)りて午後
五時頃には殆(ほと)んど一丈三尺に達(たつ)し彌富村五明、木曽川 堤防(ていばう)に二
ヶ所の破損(はそん)を生じ今(いま)や大事に至(いた)らんとせし処(ところ)前岸なる三重県桑
名郡長島 輪中小島(わなかこしま)の堤防破壊せしため水勢(すゐせい)は其方面に向ひて奔
流し一 時(じ)は一丈位に減(げん)じたれども間(ま)もなく一 丈(じやう)二三尺となり同
夜十二時 頃(ころ)には前ヶ須(す)五 明(めい)の堤防は危険に迫(せま)りたれば附近の人
民は家具(かぐ)を片付け老幼を高所(かうしよ)に移し避難の準備(じゆんび)をなせしが幸ひ
に大事に至(いた)らずして休(や)みたりき左(さ)れども立田輪中は溜水のため
に家屋 概(おゝむね)ね浸水し又た大藤村(おほふじむら)大字芝中新田には三 箇所(かしよ)の損所を
生じ内(うち)一箇所は堤敷(つゝみしき)の内法へ泥砂を雑(まじ)へて噴水すること甚だし
く尚ほ出水沿岸(しゆつすゐ江んがん)の低地に建設せる家屋は多(おほ)く浸水の難(なん)を蒙りた
り
名古屋局長の報告 (七月廿二日午後九時廿分草津にて 名古屋局長発)
美濃地方 水害(すゐがい)に付岐阜 大垣(おほがき)垂井等の地方に出張(しゆつてう)視察せるに河水
暴漲堤防破壊 出水氾濫(しゆつすいはんらん)平地一面湖水の如し郵便線路(いうびんせんろ)完全に逓送
し得る者なく集配(しふはい)も一部分の外出来(ほかでき)ず岐阜垂井間には臨時(りんじ)便を
開くことに手配(てくばり)せるも完全の線路(せんろ)を得るの見込立(みこみた)たず水害の状況
は昨年より更(さら)に大(だい)なり
愛知県の水害 去る八月十一日の風雨(ふうゝ)にて名古屋市は中央部(ちうわうぶ)地
盤の高(たか)き所は差たる被害(ひがい)はなかりしも全(まつた)く浸水を免れたるは
広栄町通り南側(みなみがは)の八九町に過(すぎ)ぎず本町通、伝馬町(でんまちやう)通は床上三四
寸より四五 寸(すん)に及び日出町、上畠町(かみはたけちやう)等床上四五尺迄浸水せしは
百八十町 家屋(かおく)八千三百九十三戸 内(うち)床上に及びしもの五百十三戸
床下(ゆかした)七千八百八十戸の多(おほ)きに上れり、愛知郡(あいちごほり)は被害甚しき為め
未だ精確(せいかく)なる調査成(てうさな)らざれども被害は中央部(ちうわうぶ)より西南部に亘り
【右頁下段】
下の一色町、熱田町(あつたちやう)、鳴海町等は其最(そのさい)たるものなり何(いづ)れも屋根
良田の全部或(ぜんぶあるひ)は過半を浸され其 惨状筆紙(さんじやうひつし)に盡し難し、東春日井
郡は庄内川筋に添ふ高間村(たかまむら)及二城村は非常(ひじやう)の損害にて両村(れうそん)合せ
て五百五十戸悉く屋上(おくじやう)まで浸水し逃(にげ)げ後(おく)れたる人々の倉庫或は
階上に留りて生(いき)ながら水葬(すゐそう)となりたる者尠なからず愛知県(あいちけん)警察
部よりは直(たゝち)に三四艘の小舟(こふね)を陸送して救助に尽力(じんりよく)したれども多
数の救助には間(ま)に合(あ)はず更に十 数艘(すうそう)を増して救助に務(つと)め尚ほ当
時第三師団長 長谷川中将(はせがはちうぜう)には工兵の実地 演習実視(江んしうじつし)の為め同地方
へ出張中なりしが此報(このほう)に接するや直に工兵隊(こうへいたい)に備へある船舶五
隻を出して救助(きうじよ)に力を盡したり、海東西部は前にもその大略を
記したるが如く蟹江(かにえ)、津島地方は其 被害(ひがい)実に大なりし現に庄内(せうない)
川(かは)決潰の当時蟹江より出張の暇(いとま)なくして遠き熱田(あつた)より出張せし
位(くらい)なり、尚ほ愛知県下(あいちけんか)の一色及大蟷螂は庄内川(せうないかは)と新川との間(あひだ)に
在る三角形の場所(ばしよ)に介在する新田(しんでん)なるが両村戸数合せて一千百
六十一 戸(こ)は庄名j川 右岸決潰(うがんけつくわい)の為め悉く浸水(しんすゐ)し僅かに身を以て
免(まぬが)れたるもの六千二百十二人は新川(しんかは)堤上五町餘の間に集合し仮(かり)
小屋(こや)さへ造るべき材料(ざいれう)なく終夜 露宿(ろしうく)せるもの多し又 永徳(えいとく)、福留
両新田は愛知郡(あいちぐん)にある俗に宮新田と称(しやう)する処なるが九日破堤の
為(た)め両新田(れうしんでん)七十五戸は悉皆浸水し家財(かざい)一も現存するものなく其(その)
惨状(さんじやう)実に甚しと言ふ
●岐阜県の出水
岐阜県は全国洪水中(ぜんこくこうずゐちう)最も悲惨を極めたり今先つ其筋(そのすぢ)に達したる
詳報より掲(かゝ)くへし
県庁よりの詳報(しやうほう)に言く
今回の水害(しゐがい)を来したる起因(きゐん)は去三十日の大雨(だいう)以来七月に入り
梅雨は去(さ)りたるも天候は引続き一雲一 雨(う)十九日午後五時三十分
に至り又々(また〳〵)降雨を来し陰晴定(いんせいさだま)らざりしが翌二十日 午後(ごご)二時より
【左頁図面佐屋川木曽川より上】
岐阜三重愛知三縣下水害地畧圖
(該図は愛知県佐屋駅真野香村君之寄贈せられしもの也)
東西南北
岐阜縣海西郡
此輪中岐阜縣第一被害地惨極る処
破壊七百間
木曽川 本流
此輪中は五月以来一面に雨水滞留す
愛知県海西郡
此辺堤防甚だ危険なりし
此辺堤防危険なれ共防禦せり
揖斐川
三重縣三重郡
揖斐川
三重縣桑名郡
破堤三百間
此みよ再三破堤為めに被害多し
旧増山氏居城 長島
此島一円火害地三重縣第一の被害地
【佐屋川木曽川より下】
海東郡
中島郡
ツシマ天
向島
津島町
名古屋上街道
勝幡村
木田村
西春日郡
甚目村
旧東海道
佐屋駅
真野香村君居宅
佐屋川
大字日光
破堤
大字中一色
名古屋下街道
旧東海道也
砂子
大治村
カマスカ村
庄内川
破堤
鉄道線
ステーション 蟹江帖
破堤
大字ナンバ
破堤
名古屋道
木曽川大鉄橋
木曽川
ヤトミステーション 前ヶ須駅
東海道
海西郡
海岸多数の破壊あり
海岸
伊勢湾
日光川
西福田
蟹江川
福田
庄内川
下一色
破堤
愛知郡
凡例
郡下界 鉄道 鉄橋 木橋 縣道
知名町駅村 破堤ミヨ
印は浸水少く浅き処 水害多き処 同少なき処