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コレクション: STAGE7

風俗畫報臨時増刊第百二十六號 洪水被害録(中) - 翻刻

風俗畫報臨時増刊第百二十六號 洪水被害録(中) - ページ 29

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見せず 山口俊一氏の監督(かんとく)にかゝる内外用達會社取扱店(とりあづかひてん)は新らしく且 つ廣大(くわうだい)にして氏が目下 住宅長町(ぢうたくながまち)にあるものに比せば頗る堅牢な り然るに之も流(なが)れて影を止めず同家(どうけ)にありし二人の雇人は死し て久しく死体うを発見(はつけん)せざりしが九月三日正午前に至り漸(やうやく)く一人 を発見し他の一人は未だ発見(はつけん)せず而して氏の幼児(えうじ)は人を付け茲 に送らんとし途中(とちう)より危険に付不 思議(ふしぎ)に助かりしと 桐村義堯氏はもと京都府立療病院の医師(いし)にして猪子院長の如き 最(もつと)も氏を信用せし模様(もやう)なるが客年戦争当時従軍して頗(すこぶる)る功あり 勳六等に叙(ぢよ)せられ瑞宝章及び一時金百円を賜はり赤十字社又特 別員に推薦(すゐせん)し慰労金百円を贈りしが後当地(のちたうち)に帰省し院を設け専 ら患者を治療(ぢれう)し且つ公事に盡す心厚(こゝろあつ)かりしに今回の水害(すゐがい)あるや 家族十一人と入院患者(にふゐんくわんじや)十三人は皆死し只生存(たゞせいぞん)せしは氏の実弟【金に英】 吉氏 (高等小学員)及 其長子(そのてうし)の二人にして当時【金に英】吉氏は次子(じゞ) を妻女(やうじよ)に負はしめ自ら長子を小脇(こわき)にかゝへ尚ほ妻子(さいし)を屋上に引 上げんとせし際 怒濤殺到(だたうさつたう)して妻子をさらはれ自分も流(なが)れんとし て僅かに助(たす)かりしと而して該患者(がいくわんじや)の如き所々に包帯(ほうたい)を施したる まゝ三人五人枕を並(なら)べて死せる状態(さま)、実に眼もあてられぬ状態 なりしと 原井某なる者あり夫(をつと)先づ逃れ長男某(てうなんばう)は母ひさ(五十)を負(を)ひて泳 ぎ居りしに中途(ちうど)にして母は子に告ぐらく若し此儘(このまゝ)に逃れんには 母子共に死なん我(われ)は老年(らうねん)餘年も少なり寧(むし)ろ此処にて死なん汝身(なぢみ) を全(まつた)ふし後にて一片の香(かう)を手向けよと云ひ終(をはつ)て直ちに手を放ち て溺れたりと 姉妹の看護婦(かんごふ)あり昨年 郡費(ぐんひ)を以て養成せしものにして本年(ほんねん)も亦 身を犠牲に供し赤痢避病院(せきりひびようゐん)に看護婦たり姉を山村ユウと云ひ妹(いもと) をヨシ(二十年くらゐ)と云ふ然るに今回の災害(さいがい)にて家にありし両親及ヨ 【下段】 シの愛児(あいじ)六才になれるものは惨死(ざんし)を遂げ家は流れて影(かげ)を止めず 姉妹は九月三日 病院(びようゐん)より帰り此光景に身の置処(おきどころ)なきまで歎き悲 しみ父母等(ふばら)の跡を追はんとまで思ひ迫るを人々に慰(なぐさ)められ郡役 所の一隅に身を置けり 村上丑太郎と云ふ銃砲商(じうはうせう)あり主人丑太郎は折柄(をりから)他行にて妻子は 出水(しゆつゐ)を聞くや一 段高(だんたか)き処の蔵の二 階(かい)に四人の幼児(えうじ)を入れ長女と 共に家財(かざい)を取方付け居る際(さい)濁水殺到家屋に逃れて幸に助(たす)かりし も哀れ四人の子は蔵(くら)と共に流れて惨死(ざんし)を遂げたり 吉田五郎氏は高等小学校長にして曾(かつ)て京都下京區高等小学校の 教員(けういん)たりし人なり当夜の模様(もやう)只ならざるを見るや自宅(じたく)を出て親 族等を警戒(けいかい)せんとせしに未だ達せざる中 濁水侵入(だくすゐしんにふ)の模様あるよ り自己が督する学校(がくかう)を見んとして来りし時 幾多(いくた)の家を流して来 れる怒濤(どたう)に遭ひ一旦 校内(かうない)に入り更に水を潜(くゞ)りて窓より出で逃れ んとする際(さい)の家屋を見付け之に匍上(はひあが)らんとせしに後ろよりも 又一家流れ懸りて背(せ)を衝き氏は殆ど溺(おぼ)れんとして僅に二 家屋(かをく) の間に首(くび)を挟まれ沈まざるを得即ち平生(へいぜい)の勇気を出し双方(さうはう)の家 を掻き除け流れて行く際 渦中(くわちう)に捲き込まれ再び死(し)せんとして漸 く免れ又流(またなが)れ居る中材木に背を打たれしも漸(やうやく)にして藁屋根に取(とり) 付(つき)けりこれぞ前記村上(ぜんきむらかみ)の家にして共に流るゝ中 手近(てぢか)き柿樹に取(とり) 付(つ)き遂に全きを得たりと氏は平生(へいぜい)頗る活気あり然れども予の面 (めん) 会(くわい)せしとき其際(そのさい)に至り生れて以来(いらい)始めて公けに助けて呉れと叫 ぎしと笑へり而して氏は漸(やうやく)く陸に上るや直ちに人を六 里隔(りへだゝ)りた る兵庫縣下栢原に馳せ悲惨(ひざん)の状況(ぜうけう)を京都府に電報したりと今回 の事変(じへん)が他に聞へしは氏が此打電を以て始めとす 浸水の当や如何にしけん長原通の傘屋(かさや)より出火し遂に水上三戸 を焼きしが警官(けいくわん)必死の尽力に因り幸に怪我人なかりしも人々既 に屋上(おくじやう)にありたる際とて近傍の人も逃路泣く叫喚(けうくわん)の声実に凄ま