翻刻
中比ゟ此所に在住をして今も諸役御免也初は
かすかなる住居にてありしに次第に栄て家居
よて並立て百軒余有肝煎壱人役人壱人あり
夏中は番頭の者留守居壱人残し不残拾八里
沖なる重蔵嶋といふに渡り辺の小嶋又七里此
方の七ッ嶌抔をかせきて多く蚫の類ひ海草を
取て九月になれは戻り来る也是も昔あさま成
小屋をして有しに今は嶋よき家居立てあり
重倉明神社ありて美々敷神輿抔ありて
御幸の祭礼有神主は鳳至町浅井氏寺は同所宝蔵寺
旦那にて神主も寺も夏中は引越有よし此嶋
共は昔は輪嶋の領なりしに中比《見せ消ち:輪|論》有少し近き故
岩舟村の領分に成しなり海士は今も渡りかせく也
御上へ運上は白銀拾三枚上納する也往古より此輪
嶋に蚫を取と見へて中納言家持卿の長哥に
すゝあまの おき津かみに いわたちて
かすきとるといふ あわひたま いほちもかも
七ッ嶋舳倉嶌の委き事は名舟村の所に記す