能登半島の資料を翻刻!

コレクション: SHOSHO「能登」

能登名跡誌 - 翻刻

能登名跡誌 - ページ 11

ページ: 11

翻刻

又輪嶋崎は海士町の未少し放れて有家数五拾 軒余あり寔に此浦の崎にて船の間ありて高の 山に夏中燈明堂有船問屋沖の崎刀祢あうふつ 屋抔とて有之夏中数百艘の船不絶繁昌なり 氏神天満宮なり神主は湊氏なり此宮に日本初て 鋳造所の明鏡あり祭礼毎歳九月九日也一説は御 神躰少彦命のよし又聖光寺とて禅宗あり 此寺始は七堂伽藍の大寺にて天台宗なりしといへり 今に境内広し宝物多し仏舎利有是は和州竜 田法《見せ消ち:薩|隆》寺と此寺に斗伝るよし其外釈迦如来金 像衣の切れあり其外略す又此尾崎に岩井堂とて 秀景の所に夷(イヒス)の社あり又町家の後にむかし此所に 《見せ消ち:位|信》田小太郎と言人のさまよひ来りて刀祢といふ 者の方に仕へありしとて其時の腰懸石とて埒 《見せ消ち:詰|結》廻り有わきによき清水有     案るに信多の三郎事にや夫は六条ノ判     官為義の三男にして父に与力し朝     敵となり方々浪流有て後に元暦年