翻刻
をは畠中のおもやといふより出せり又此祭礼の斉に
行抔とは吉龍寺とて浄土真宗の寺より出せり
此寺始は期院にて奥の道場といふてありし時の事
にて産処の《見せ消ち:斉|齋》と貰給ふよりといへり九字切なわ
ひかへ綱等は時の役人中なへり其時用ひし水は御手洗
の井とて今町中にあり又腰懸給ふ石とて馬場
といふにあり賦夫ゟ鷲蔵宮の社地をかり跡をたれ
給ふより重蔵宮と書由此の旧式由《見せ消ち:本|来》の事いかにや
此外祭礼七拾度余あり又浜の薬師とてあり此
尊像此社内に有しを近比社外へ移しけり春日
の作にて霊験あらた也境内に比丘尼松とて枯木
あり若《見せ消ち:狡|狭》の白比丘尼の植し枩也又大鳥居の向に
見ゆる諏訪山とて明神の社あり此枩山続き風
景類ひなし惣して河合町は住吉諏訪弥勤と
て氏子三ッに別て小祭礼あり
又海士町は鳳至町の西輪嶋崎の間にありむかしは
筑前の国より夏毎に来て此沖をかせきしに