翻刻
中に義仲と同意して伊勢ノ国にて
誅せられしとも又伊賀の国にて自
害ありしともあり夫なれは信田の三
郎先生義広と有又後には義範とも
いへるよし保元の比此所へ来りけるや
又此子息の中にもありや
又此沖の崎をすこし廻れは野浦とて面白き
所有少し行は袖の浜なり是ゟ光浦へ続き名
物の五色石盆暮抔に打て名所あり哥仙の小
貝あり此袖の浜風景は向は沖に七ッ嶋風にゟ
色々変化し誠に季喜見城をなせり堀釜谷内の
山ツヽきの岡抔有海上見落し右は輪嶋沖の崎
左は鵜入光浦秀景筆にも出つくしかたし依之
輪嶋より遊山春は老若男女の隔なく袖をあら
そひけり錦の浜とは此趣をいふ
春のころ袖の浜に一日遊ひて
五色石拾ふや袖のはま千鳥
則光浦は七浦庄の所記せし岩倉の観音の光