能登半島の資料を翻刻!

コレクション: SHOSHO「能登」

能登名跡誌 - 翻刻

能登名跡誌 - ページ 12

ページ: 12

翻刻

     中に義仲と同意して伊勢ノ国にて      誅せられしとも又伊賀の国にて自      害ありしともあり夫なれは信田の三      郎先生義広と有又後には義範とも      いへるよし保元の比此所へ来りけるや      又此子息の中にもありや 又此沖の崎をすこし廻れは野浦とて面白き 所有少し行は袖の浜なり是ゟ光浦へ続き名 物の五色石盆暮抔に打て名所あり哥仙の小 貝あり此袖の浜風景は向は沖に七ッ嶋風にゟ 色々変化し誠に季喜見城をなせり堀釜谷内の 山ツヽきの岡抔有海上見落し右は輪嶋沖の崎 左は鵜入光浦秀景筆にも出つくしかたし依之 輪嶋より遊山春は老若男女の隔なく袖をあら そひけり錦の浜とは此趣をいふ     春のころ袖の浜に一日遊ひて   五色石拾ふや袖のはま千鳥 則光浦は七浦庄の所記せし岩倉の観音の光