翻刻
社有少彦ノ命の 跡あり神主水上氏也惣し
て今高洲山といへ共実は高淵山なり洲と淵と
の誤り也夫木抄等にある中納言家持卿の哥に
狩人の来ぬ日もありて高淵の
山のきゝすはのとけからまし
家持仮に暫住み給ふ所とて今公家の谷内と
て村の内にあり此嶽は高山にして色々恐
敷所あり才の川原はむの池抔とて有併し
絶頃は近国を見落し絶景也社のわきに
大木の杉あり別当高泉寺は真言宗にて元は八
坊ありしとて寺跡其侭有其比の寺代官の
筋目とて谷内村に千右衛門とてあり昔は此山の
一乗といふ所にありしにゟ一乗(ヒトノリ)千右衛門といふ先祖
は主馬の半官盛久の子信吉といふ人の子孫也
といへり又同村の打越の与兵衛と言百姓も鎌倉
権四郎景政の子孫のよし