能登半島の資料を翻刻!

コレクション: SHOSHO「能登」

能登名跡誌 - 翻刻

能登名跡誌 - ページ 20

ページ: 20

翻刻

     輪嶌より壱里拾丁本馬六十一文  惣領  軽尻三十六文人足十八文家数六十      軒斗所々散てある村也 此辺は川原田の郷也此散村に深見といふ所に 親池とて恐敷池有昔蛇神住て人を 取る泰澄大師加持にて退散ありしより 今も石動山衆徒廻りに毎年五月九日此池に て勤行あるなり其昔は此池よりふ風雨起りて 難儀ありけり今も雨の宮風の宮とて田の 中に小社あり 又少し行は鷲嶽といふ有此は谷内村の内なり 海際の礒山に茂りたる大森あり櫟原(イチイハラ)彦ノ神 社立給ふ則鷲嶽八幡宮と号す本地大日如来昔 は両郡の大社なりしに兵乱に今は神主まてにて 四■氏なり鷲嶽といふは往古此所にて鳳至比古 神躰(ヲンカミ)鷲の大悪鳥を矢にて退散有しに其羽に 八幡の文字あり是を勧請せし社なり又此骸 を納しより輪嶋の鷲蔵宮といふよし委は