翻刻
輪嶌より壱里拾丁本馬六十一文
惣領 軽尻三十六文人足十八文家数六十
軒斗所々散てある村也
此辺は川原田の郷也此散村に深見といふ所に
親池とて恐敷池有昔蛇神住て人を
取る泰澄大師加持にて退散ありしより
今も石動山衆徒廻りに毎年五月九日此池に
て勤行あるなり其昔は此池よりふ風雨起りて
難儀ありけり今も雨の宮風の宮とて田の
中に小社あり
又少し行は鷲嶽といふ有此は谷内村の内なり
海際の礒山に茂りたる大森あり櫟原(イチイハラ)彦ノ神
社立給ふ則鷲嶽八幡宮と号す本地大日如来昔
は両郡の大社なりしに兵乱に今は神主まてにて
四■氏なり鷲嶽といふは往古此所にて鳳至比古
神躰(ヲンカミ)鷲の大悪鳥を矢にて退散有しに其羽に
八幡の文字あり是を勧請せし社なり又此骸
を納しより輪嶋の鷲蔵宮といふよし委は