能登半島の資料を翻刻!

コレクション: SHOSHO「能登」

能登名跡誌 - 翻刻

能登名跡誌 - ページ 38

ページ: 38

翻刻

     金蔵寺は澄豊上人の開基多武の      嶺の定恵上人の御弟子にてともに      渡唐有金蔵寺を建立す海中ゟ      霊木を得て大悲の像を造ると有      近きに岩倉山金蔵寺有又千手の像      海中ゟ上り給ふにたる事爰に記又金      蔵村の金蔵寺は白雉年中の開基に      て昔は七堂伽藍にて八坊あり今の      金蔵寺は白山の別当松習院といひし      野町の十四ヶ寺の内に今も大寺なり      岩倉山の縁起未見すいかにや 又時国ゟ真浦へ行には道三筋いつれも国中一の難 所なり本道は岩倉越とて此寺の腰ゟ越ゆる 也廿五丁有壱筋は簔(ミノ)捲(マク)り越とて曽々木の家の 後よりとりて山の半覆を越ゆる也山砠敷く 石山の恰も釼のことく下より吹上に風にてみの 抔着る事あたわす依而名とす是道程拾三 町斗あり又壱筋はひろざとて道程六七町あり