翻刻
金蔵寺は澄豊上人の開基多武の
嶺の定恵上人の御弟子にてともに
渡唐有金蔵寺を建立す海中ゟ
霊木を得て大悲の像を造ると有
近きに岩倉山金蔵寺有又千手の像
海中ゟ上り給ふにたる事爰に記又金
蔵村の金蔵寺は白雉年中の開基に
て昔は七堂伽藍にて八坊あり今の
金蔵寺は白山の別当松習院といひし
野町の十四ヶ寺の内に今も大寺なり
岩倉山の縁起未見すいかにや
又時国ゟ真浦へ行には道三筋いつれも国中一の難
所なり本道は岩倉越とて此寺の腰ゟ越ゆる
也廿五丁有壱筋は簔(ミノ)捲(マク)り越とて曽々木の家の
後よりとりて山の半覆を越ゆる也山砠敷く
石山の恰も釼のことく下より吹上に風にてみの
抔着る事あたわす依而名とす是道程拾三
町斗あり又壱筋はひろざとて道程六七町あり