能登半島の資料を翻刻!

コレクション: SHOSHO「能登」

能登名跡誌 - 翻刻

能登名跡誌 - ページ 44

ページ: 44

翻刻

又此大谷に元弘の頃日野大納言資朝卿の一子阿(クマ) 新(ワカ)丸の旧跡あり此阿新丸佐渡国にて父の本 間の何某を射て逃しに追手懸り難義に 及しに山伏修行者に助られ危き命をこらへて 則此国へ着船して此大谷に世を遁れてあり しとて其守り本尊抔助度といふ百姓の家に有 其時の山伏は三崎権現にてありしといへり大平記 抔には阿新丸の此国へ渡りし事見へす併し 実説にや阿新丸は出家ありて行法有しとて 大谷馬緤の山中に其旧跡あり今も日野道とて 草生せす有 又馬緤村浜伝ひ大谷より村て続き壱里ある村也 大間鰐崎泊りとて小名あり三ヶ所に家有 御塩蔵も三ヶ所にあり此村にも馬緤の七名 とて七人家名に実名を呼し者ありしに中頃 いつれも退転して  一両人残り有由これは 阿新丸の筋目の者なりしと いへり惣して此 処馬緤村といふは義経の馬を繁き給ふゟの