翻刻
小路御幕囲いにて御出被遊外御幼年の 御方様には
御城内御射場辺等え御立退被遊候御旨粗拝承仕候尤
若殿様銕三郎様にも昨日相撲場へ御出被遊候御趣をも拝
承仕候也誠に 上々様方被遊御揃御機嫌兼被遊御座末々まで
乍恐恐悦なる御事也
実云大学様には右御以来御屋敷懸り弘小路へ仮御殿御建
立にて被遊 御座夫々役場にも備り御役人中初以下々迄も此御殿へ
出勤仕る也尤今六月御殿御修覆御成就にて 御帰座被遊し也
外 御方々様にも仮御殿夫々御作事もありて御引移り被遊
しなれとも御屋敷内の御事にて奉記事も叶ざる也
太守様御仮御殿は御城内南の御庭へ新御作事御成就にて今
二月十四日御着城之節追手御門より御厩御門通 御入座被遊以来
二之御丸にて被為請候御礼等は万端右御殿にて被為請其節より外輪
警固として佐川屋敷長屋の西へ辻御番所新に御建立にて足軽
勤番する也儒臣宮地氏か宝永大変日記中に宝永五年正月元日
地震今に時々有之大潮同然於御屋敷御礼受被遊此後御屋敷に
被成御座旧冬より御城御下り被成御屋敷に御入也と有是御旧例也
同七日
一今日火災は鎮るなれとも焼跡消人もなくして大火事の
ことし震も小ゆり共度々有潮も高く新町下地はいふに不及
予か宅とても板敷近く押入也今日雨天と成同夜八ッ時迄
降る風も添船中難儀せし也五日六日の津波は浦戸山にて
防げるとの風説也下略
実云津波は浦戸山支て深く不入といへとも余波高く押入先
浦戸御分一家を押流し裏の岸に千歳の古松大木の桜木
有しか根コゲして狭島の渕に沈むとそ又桂浜は一軒も残
らす押流し川原と成漸男女山に登り流死は壱人の由也夫より
藻洲瀉へ押込是又亡所と成浦戸御殿は異条なしといへとも
潮は山迄岸なる家は座上より五尺上る高前地潮より三尺四五寸高し