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コレクション: STAGE8

地震記 上 - 翻刻

地震記 上 - ページ 13

ページ: 13

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    同八日 一地震昼夜とも小ゆり度々有潮も座上近く押入焼跡と  ても未大火事のことく今日頃は死人の有無追々に聞ゆ潰れ  家に打れし迄にてもなく焼死も有又行衛しれぬも有  よしにて諸所を尋ぬる人数十人不便至極なる事共也    実云震の軽重幷度数記に不遑行衛しれさる者も数多    ありと聞ゆ勿論灰と成ぬる也誠に不便なる事也     同九日 一地震昼夜とも六七度潮とても同断屋敷内へ押入七軒町は  船を乗る焼跡未大火事のことく己家住居は夜に行燈に及  はす明り渡る也予は昨八日迄船中に暮しけるか老体寒  夜凌かねて今日は堤の上に狭き己家懸して一同移也 下略    実云地震大小数十度有六七度とあるは船中にての大震斗    ならん小震は船中にてはしれさるよし也扨又此頃は山野へ逃れ    たるも追々宅地に帰り己家を打て居る也公儀よりは天神の馬場    種崎町弘小路に長さ五十間にもあまれる己家為御打貧民を入    らせ勿論役人日々焚出しの粥を壱人ツゝへ被遣家中よりも奇特成    方は米銭等を下又市中有徳の者よりもおもひ〳〵に施物色々贈り    し也扨己家懸家中は庭前或は畠等に打上市中は本丁升形勤    の中同四丁五丁は町の真中家敷懸りへ打築屋敷は前の畠新    地中須賀福井江口潮口も同断井口は東の畠小高阪は宮の前へ    近辺大根畠又北奉公人町は東川岸端升形弘小路等己家軒を並へ    たる下町は家中境堤松の下唐人町堤惣て潮入来る土地は最寄    の所へ高床の己家を作る予も数十日屋敷内へ堀建の己家を打家    内一同孫を入て世の奢侈を後悔したる事也此艱苦忘るましと    記し置し返ゝも新町は土地がらにて災害多かれはとて今度は    山に郷に転居する人々数々あれとも予の宅地は寛永の開基より    哉住初けん宝永の変にも祖先の永住し来れる礎なれはいかに    滋地なれはとて覚悟次第にて努々動く事は有ましき事也    日記抄出は右九日限にて下略し度数もあらまし左に写し入ぬ