翻刻
又或家に八十有余の病婦有其子か背負て比島山の寺に
遁れしに道筋の動揺につかれて其夜空敷成ぬ大宅を
出て精舎にて往生を遂しか是等変中の大幸ならん歟
〇新町にて小緑の者病死して十一月五日潮江山に送葬
るに広岡町にて大変にあひ舁行者棺を投捨面々
ちり〳〵逃行けれは親族共も心元なく成て是非なく枢を
其侭にして帰りしとそ其夜は火事と成たれは翌朝家
内共人雇して互に尋ねけるに棺も蒸なかりけれは再舁
せて入山せしと也一説には南川原に舁出し置たりとも云さも有
へし尤川原は其夜高潮入来りしにも実事なかりしにや又
弘岡町も朝倉町半分より東北輪は類焼しつれは是又危き事
なりしに返々も水火の害を遁れしは此上の幸甚ならすやと
街談まち〳〵也し
〇大震の日は相撲ありて諸人其場に群集す播磨屋丁辺の者
行人とするに男児有ものにて侭に行人と云凡角力場に小児を連
事若き者ともは嫌ふ習にていろ〳〵すかし機嫌取に子供
翫物の茜深の緞子を買ふてやり是にて漸と納得させおのれ一
人は酒肴を携へ得たりとて震後帰りて見れは家は潰れ火も
懸りぬ翌朝埋みし土を仕除て見れは我か子は裸にてきのふの
緞子を結ひ死たるを掘出しぬ余に家内の者も有つらんに